黒猫は、犬にあこがれていました。
それは、ある春の日のことでした。
黒猫は、古い木の塀の上に座って、道の向こうを歩いていく犬を見ていました。
犬は、しっぽを大きく振りながら、飼い主のおじいさんの横を歩いていました。
ときどき立ち止まっては、草のにおいをかぎ、空を見上げ、また嬉しそうに歩き出します。
黒猫は思いました。
「犬って、なんだか楽しそうだな」
黒猫はいつも、ひとりで歩いていました。
屋根の上も、路地のすみも、夕方の公園も、黒猫にとっては全部、自分だけの道でした。
それは自由で、悪くはありません。
でも、ときどき、誰かの横を歩いてみたいと思う日もありました。
次の日、黒猫は犬のまねをしてみることにしました。
道の真ん中を歩き、しっぽを少し大きく動かし、草むらのにおいをかいでみました。
けれど、どうしても犬のようにはなりません。
犬の足音は、ぽんぽんと明るい音がします。
黒猫の足音は、すっと静かに消えていきます。
犬は人を見ると嬉しそうに近づきます。
黒猫は人を見ると、少しだけ距離を取ってしまいます。
「ぼくは、犬にはなれないのかな」
黒猫は、小さな神社の石段に座りました。
夕方の光が、石畳の上に長く伸びています。
そこへ、あの犬がやってきました。
犬は黒猫を見ると、近づきすぎない場所で止まりました。
そして、静かにしっぽを振りました。
黒猫も、少しだけしっぽを揺らしました。
ふたりは何も言わずに、しばらく並んで夕日を見ていました。
犬は犬のままで、黒猫は黒猫のままでした。
でも、その時間は、どちらかがどちらかになる必要のない、やさしい時間でした。
黒猫は思いました。
「犬になれなくても、犬と一緒にいることはできるんだ」
それから黒猫は、ときどき犬の散歩道に現れるようになりました。
一緒に歩くわけではありません。
少し離れて、同じ道を歩くだけです。
犬は前を歩き、黒猫は塀の上を歩きます。
おじいさんは、それに気づいているのかいないのか、いつもゆっくり歩いていました。
ある日、おじいさんが笑って言いました。
「おや、うちの犬に、黒猫の友だちができたのかね」
黒猫は、聞こえないふりをしました。
でも、その夜、月明かりの下で、少しだけうれしそうに目を細めました。
犬みたいになりたかった黒猫は、犬にはなれませんでした。
けれど、犬のそばにいる黒猫にはなれました。
それはきっと、黒猫にしかなれない、少し不思議で、あたたかい姿だったのです。
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