五月の風は、
少しだけ特別な音がする。
冬の冷たさはもう遠くへ行って、
春のやわらかさも少しずつ薄れて、
空だけが大きく広がっている。
その日、男の子は、
家の前に立って空を見上げていた。
青い空の中で、
大きな鯉のぼりが泳いでいた。
黒い鯉のぼり。
赤い鯉のぼり。
青い鯉のぼり。
風を受けるたびに、
布の体がふくらんで、
本当に空を泳いでいるように見えた。
男の子は、
しばらく何も言わずに見ていた。
鯉のぼりは、
川ではなく空を泳ぐ。
水の中ではなく、
風の中を進んでいく。
それが少し不思議で、
少しかっこよくて、
男の子は目を細めた。
風が強く吹くと、
鯉のぼりは大きく体を揺らした。
まるで、
「こわがらなくていい」
と教えてくれているみたいだった。
高いところにいても、
風に揺らされても、
それでも前を向いて泳いでいる。
男の子は、
自分もあんなふうになれるのかなと思った。
強くなるというのは、
泣かないことではないのかもしれない。
風に揺れても、
少し怖くても、
それでも空を見上げられることなのかもしれない。
鯉のぼりは、
何も言わない。
けれど、
大きな空の下で、
男の子に何かを伝えているようだった。
もっと大きくなっていい。
もっと遠くを見てもいい。
風に負けないで、
自分の場所で泳げばいい。
男の子は、
小さくうなずいた。
そのうなずきは、
誰にも気づかれないくらい小さなものだった。
でも、
鯉のぼりだけは、
ちゃんと見てくれているような気がした。
五月の空は高く、
風はやさしく吹いていた。
男の子の頭の上で、
鯉のぼりは今日も泳いでいる。
ただ飾られているのではなく、
まるで、
これから大きくなっていく子どもの心を、
そっと空へ連れていくように。
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