朝からずっと降っていた雨が、午後になってふっと止んだ。
屋根を叩いていた音が消えると、家の中が急に広くなったように感じる。静けさというのは、音がなくなることではなくて、さっきまであった音の余韻を聴くことなのかもしれない。そんなことを思いながら、窓辺のカーテンを少しだけ開けた。
「ふみゃ」
足元で小さな声がした。マンチカンのもちが、短い脚でちょこちょことやってきて、わたしの隣にぴたりと座る。胴が長くて脚が短い、あの愛らしいシルエット。雨の日のもちはずっと布団の上で丸くなっていたのに、雨音が止んだのを、ちゃんと耳で感じ取っていたらしい。
窓を細く開けると、ひんやりとした空気が流れ込んできた。濡れた土の匂い。どこかの庭の金木犀の、雨で少しだけ薄まった甘い香り。秋の雨あがりにしかない、澄んだ匂いだった。
もちは窓枠に前足をかけて、背伸びをする。短い脚で精いっぱい伸びあがる姿が、いつ見ても健気で、思わず笑ってしまう。
「どう? 外、気になる?」
返事の代わりに、しっぽがゆらりと揺れた。
そのとき、雲の切れ間から光が差した。
灰色だった空の端がほどけて、薄いオレンジ色がじんわりと広がっていく。屋根の瓦も、電線も、濡れた葉っぱも、一斉に小さく光りはじめた。雨粒の一つひとつが、小さなランプみたいに灯っている。
「あ……」
思わず声が出た。
空の向こうに、淡い虹がかかっていた。
くっきりとした夏の虹とは違う。秋の虹は、どこか遠慮がちだ。青と緑と、ほんの少しの紫が、薄い絹のように空に溶けている。気を抜くと見失ってしまいそうなのに、その儚さがかえって胸にしみた。
もちは、じっと虹の方を見ていた。まんまるの目に、空の色がうつっている。わかっているのか、いないのか。ただ静かに、同じ空を見上げている。
わたしは、窓辺に腰かけて、もちの背中にそっと手を置いた。
あたたかい。
毛並みのやわらかさと、小さな呼吸のリズム。ゆっくり上下する背中を感じていると、さっきまで頭のなかを占めていたあれこれが、ふわりとほどけていくようだった。
しなければいけないこと。うまくいかなかったこと。明日の予定。
そのどれもが、虹の前では急に小さく見える。
雨があがったからといって、何かが解決したわけじゃない。でも、雨のあとには空が澄む。それだけで、少し前を向ける気がした。
もちが、ごろんとわたしの膝に頭をのせてくる。ごろごろ、という喉の音が、いつの間にか部屋じゅうに満ちていた。
窓の外では、虹が少しずつ薄れていく。名残惜しくて、わたしは最後の色が消えるまで、空を見ていた。
やがて空は、うっすらとした茜色に変わった。
秋の夕方は、足早に近づいてくる。それでも今日は、焦らなくていいと思えた。
「ありがとうね」
もちに言ったのか、虹に言ったのか、自分でもわからない。けれど、膝の上のぬくもりが、きっとちゃんと受けとってくれたのだと思う。
雨のあとの虹は、いつだって短い。
だからこそ、猫と並んで見上げたこの数分が、静かに心に残っていく。
そんな、秋雨あがりの午後のことだった。
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