海のむこうに、黒猫だけが知っている島がありました。
その島は、地図には小さな点のようにしか描かれていません。
けれど、夕方になると、海の色が少しだけ金色に変わり、波の音がやさしくなる場所でした。
島には、古い石の階段がありました。
その階段をのぼると、小さな灯台がありました。
灯台のそばには、いつも一匹の黒猫が座っていました。
黒猫は、誰かを待っているようにも見えました。
それとも、誰も待っていないようにも見えました。
ただ、海を見ていました。
風が吹くと、黒猫のひげが少し揺れました。
遠くでカモメが鳴き、白い雲がゆっくり流れていきました。
島の家々は静かで、窓辺には小さな花が咲いていました。
この島では、時間が急ぎません。
時計の針も、波の音に合わせて進んでいるようでした。
黒猫は、朝になると港へ行きます。
漁から帰ってきた小さな船を見つめ、魚屋さんの前をゆっくり歩きます。
でも、魚をねだったりはしません。
ただ、そこにいるだけです。
昼になると、白い壁の路地を歩きます。
細い道の向こうには青い海が見えて、坂道には光がこぼれていました。
黒猫の足音は、とても小さくて、まるで島の秘密を踏まないように歩いているみたいでした。
そして夕方になると、また灯台のそばへ戻ります。
海は少しずつ色を変えていきます。
青から水色へ。
水色から金色へ。
金色から、静かな紫へ。
黒猫は、その全部を知っていました。
この島の一日が、どうやって終わっていくのかを。
そして、夜が来ても怖くないことを。
灯台に明かりがともると、黒猫の背中がほんのり照らされました。
その姿は、島を守っている小さな影のようでした。
もしかすると、この島は黒猫のものなのかもしれません。
いえ、黒猫が島を持っているのではなく、島のほうが黒猫を大切にしているのかもしれません。
風も、波も、石段も、灯台も。
みんな黒猫の歩く速さを知っているようでした。
黒猫の島には、大きな事件は起きません。
宝物が眠っているわけでも、冒険が待っているわけでもありません。
けれど、そこには静かな物語があります。
誰かに急かされず、ただ海を見ている時間。
何も言わなくても、そばにいるだけで満たされる空気。
遠くへ行かなくても、心が少し旅をしたように感じる夕暮れ。
黒猫は今日も、灯台のそばに座っています。
しっぽをゆっくり揺らしながら、海のむこうを見ています。
その瞳には、波の光が映っていました。
まるで、島じゅうのやさしい時間を、ひとりで受け止めているようでした。
もしもいつか、心が少し疲れた日に。
何も考えず、静かな場所へ行きたくなったなら。
海のむこうにある、黒猫の島を思い出したいと思います。
そこではきっと、黒猫が今日も待っています。
何も言わずに。
ただ、静かな海を見ながら。
ここまで読んでくれて、ありがとうございます
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