2026年2月2日月曜日

春を待つハト

公園は、朝の冷たい空気をそのまま残していた。
人の気配はまだなく、
ベンチも遊具も、
今日の役目を待っている。

そのベンチのそばに、
一羽のハトがいる。

羽を少しふくらませ、
片足を上げて、
もう片方の足で地面の冷たさを受け止めている。
慣れた仕草だ。

風は冷たいが、
刺すほどではない。
冬が、
もう長居をやめようとしているのがわかる。

ハトは飛ばない。
急ぐ理由がない。

遠くで車の音がして、
すぐに消える。
公園は、
まだ自分の時間だ。

ベンチの下に、
小さなパンくずが落ちている。
つついてみて、
今日はやめておく。
無理をする日でもない。

ハトは、
木の枝を見上げた。
そこには、
昨日までなかった小さなふくらみがある。

名前をつけるほどではない。
でも、
見逃すほど小さくもない。

それで十分だった。

風が少し弱くなり、
太陽の位置が
ほんのわずかに高くなる。
体の奥で、
寒さがほどけていく。

ハトは、
ゆっくりと片足を下ろした。

春は、
まだ先にある。
けれど、
来ることはもう決まっている。

待つことは、
不安ではない。
この公園では、
毎年そうだった。

ハトは、
今日もそこにいる。
特別なことは起きない。

それでも、
世界は少しずつ
やわらいでいく。

それを知っているから、
ハトは飛ばず、
静かに、
春を待っている。

猫の外出

猫は、玄関の前で少し考えてから外に出た。
ドアが閉まる音が、いつもより大きく聞こえた。

朝の道は、まだ静かだった。
空気は少し冷たくて、
猫のひげが、世界の輪郭を確かめるように揺れた。

最初に出会ったのは、知らない匂い。
昨夜ここを通った犬のものか、
それとも遠くから来た風の置き土産か。
猫は立ち止まり、
しばらく考えた末、
その匂いを「今はどうでもいい」と判断した。

角を曲がると、
いつもの塀の上に、
いつもより年を取った鳥がいた。
鳥は何も言わず、
猫も何も言わなかった。
それで十分だった。

少し歩くと、
急に世界が広くなった気がした。
知らない音、知らない影、
知らない気配。
猫のしっぽが、
無意識に慎重さを思い出す。

一度、
帰ろうかとも思った。

でも、
もう少しだけ、と思って
歩き続けた。

その先で、
猫は水たまりを見つけた。
空が逆さまに映っていて、
触れたら壊れてしまいそうだった。
猫は、触らなかった。

やがて、
お腹が少し空いて、
足が少し疲れて、
心が少し静かになった。

猫は、
「今日はこれくらいでいい」
と決めた。

帰り道は、
行きよりも短く感じた。
知っている匂いが増えて、
音の正体もわかってきたからだ。

家の前に戻ると、
さっきよりドアは小さく見えた。
それでも、
中に入ると、
ちゃんと元の大きさに戻った。

猫は、
いつもの場所に丸くなり、
目を閉じた。

外の世界は、
何も変わっていない。
でも、
猫は少しだけ、
外を知って戻ってきた。

それで、今日は十分だった。

AIと私と本

このブログは、
AIと、私と、本についての雑記です。

たくさん本を読む人、
ではありません。
むしろ、
読まない時期の方が長いかもしれない。

本を開いても、
数ページで閉じてしまう日もあるし、
積んだままの本が
増えていくこともある。

それでも、
なぜか本からは
完全に離れられません。

昔は、
「読書はいいものだ」と
どこかで思い込んでいました。
読めない自分を
少し責めながら。

でも最近は、
読めない理由を
ちゃんと考えるようになりました。

疲れているのか、
今じゃないのか、
その本じゃないのか。

そこにAIが加わって、
本との距離感が
少し変わりました。

「ちゃんと読めていなくてもいい」
「途中でやめてもいい」
そんな前提で、
内容を一緒に整理したり、
気になった一文を
言葉にしたり。

本を“読む”というより、
本のそばにいる感じです。

このブログでは、
読んだ本の感想を書くこともあります。
最後まで読めなかった本の話も
たぶん出てきます。
タイトルだけで考えたこと、
一文だけ引っかかった話も
そのまま書きます。

正しい読み方は、
ここにはありません。

AIと私と本。
本は変わらないけれど、
読み手の状態は
毎日違う。

その日の自分と、
その日の本と、
それを横で見ているAI。
その組み合わせの記録が
少しずつ増えていくブログです。

読書が好きな人にも、
ちょっと苦手な人にも、
ちょうどいい距離感で
開いてもらえたらと思います。

最初の記事としては、
そんな宣言だけを
ここに置いておきます。