雨上がりの道に、小さな水たまりができていました。
そこは、いつもの住宅街のすみっこでした。
低い塀と古い家の前を通る、細い道です。
さっきまで降っていた雨はやみ、空には少しだけ明るい色が戻っていました。
屋根から落ちる雨粒が、ぽつん、ぽつんと静かに音を立てています。
黒猫は、その水たまりの前で足を止めました。
水たまりの中には、空が映っていました。
灰色の雲。
少しだけの青空。
電線。
そして、黒猫自身の顔。
黒猫は首をかしげました。
水の中にいる黒猫も、同じように首をかしげます。
それが少し不思議で、黒猫は前足をそっと伸ばしました。
水面に小さな波が広がります。
映っていた空がゆらゆらと揺れました。
黒猫の顔も、少しだけ別の生き物みたいに揺れました。
黒猫はびっくりして、前足を引っ込めました。
けれど、逃げたりはしません。
ただ静かに、水たまりを見つめていました。
いつもの道なのに、雨が降ったあとだけ現れる小さな世界。
そこには、空も町も黒猫も、全部やわらかく映っていました。
しばらくすると、雲のすき間から夕方の光が差しました。
水たまりの端が、ほんの少し金色に光ります。
黒猫はもう一度、そっと近づきました。
今度は水面を触らず、ただのぞき込みます。
水の中の黒猫も、静かにこちらを見上げていました。
まるで、もうひとりの自分に出会ったようでした。
黒猫は小さくまばたきをしました。
水の中の黒猫も、同じようにまばたきをしました。
そのあと黒猫は、何もなかったように歩き出しました。
しっぽをゆっくり揺らしながら、濡れた道を進んでいきます。
水たまりは、まだそこに残っていました。
空を映し、電線を映し、遠ざかっていく黒猫の後ろ姿を小さく映していました。
雨上がりの町には、ほんの少しだけ特別な時間が流れていました。
黒猫が見つけたのは、ただの水たまりだったのかもしれません。
けれどそこには、いつもの景色を少しだけ違って見せてくれる、小さな物語がありました。
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