庭のすみで、黒猫がじっとしていました。
夏の終わりに近い午後でした。
草の色はまだ濃いのに、風の中には少しだけ、次の季節の匂いが混ざっていました。
黒猫は、低い姿勢のまま、草むらを見つめています。
その先にいたのは、一匹のバッタでした。
小さな体で、草の葉の上にとまり、世界の様子をうかがっているようでした。
黒猫が少しだけ前足を動かすと、バッタもまた、ぴくりと体を震わせます。
追いかけるのか。
逃げるのか。
ほんの短い時間なのに、そこだけ物語の中の一場面みたいに見えました。
黒猫は急ぎません。
目だけをまん丸にして、バッタの小さな動きを見ています。
バッタもまた、すぐには飛びません。
まるで、黒猫が本当に怖い相手なのか、それともただ不思議そうに見ているだけなのか、考えているようでした。
やがて、風が草を揺らしました。
その瞬間、バッタはぴょんと跳ねました。
黒猫の前足も、少しだけ空を切りました。
けれど、捕まえることはできませんでした。
バッタは草むらの奥へ消えていき、黒猫はその先をしばらく見つめていました。
悔しそうというより、どこか満足そうでした。
追いかけたかったのではなく、ただ、その小さな命の動きを見ていたかったのかもしれません。
人間には見過ごしてしまうような小さな出来事も、黒猫にとっては大きな冒険になるのでしょう。
草の揺れ。
小さな羽音。
跳ねる影。
それだけで、午後は少しだけ特別な時間になります。
黒猫はゆっくりと座り直し、何事もなかったように目を細めました。
けれど、そのしっぽの先だけが、まだ少し揺れていました。
きっと黒猫の中では、さっきのバッタが、まだ草むらのどこかを跳ねているのです。
小さな出会いは、すぐに終わってしまうことがあります。
でも、その一瞬が残す余韻は、思ったより長く続くことがあります。
黒猫とバッタ。
ただそれだけの午後が、なぜか少し、絵本のページみたいに見えました。
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