2026年8月21日金曜日

掃除ロボットの上に乗るマンチカン

掃除ロボットの上に乗るマンチカン

朝の光がリビングに差し込む頃、フローリングの上で小さな機械音が響き始めた。ウィーン、という低い唸り。掃除ロボットが充電ドックを離れ、今日も部屋の隅々を巡回する時間だ。

短い脚で丸みを帯びた体つきのマンチカンは、その音を聞きつけると、ソファの上でぴくりと耳を動かした。名前はモモ。生まれつき脚が短く、高いところに登るのはあまり得意ではないけれど、その分、床の上で起こることには誰よりも敏感だった。

モモはソファからゆっくりと降り、掃除ロボットの動きをじっと観察する。丸い機体が右に曲がり、左に曲がり、家具の脚をよけながら進んでいく様子は、まるで生き物のようだ。モモにとって、それは獲物なのか、仲間なのか、いまだによく分からない存在だった。

しばらく後を追いかけていたモモだったが、ふと足を止め、掃除ロボットが壁際で一時停止した瞬間を見逃さなかった。短い脚を精一杯伸ばし、えいっと前足をかけると、そのままひょいと機体の上に乗ってしまった。

平らな円盤の上に丸くおさまったマンチカンの重み。掃除ロボットは一瞬戸惑うようにセンサーを働かせたが、やがて何事もなかったかのように再び動き出した。モモを乗せたまま、のろのろと部屋を進んでいく。

「まるで小さな乗り物だにゃ」とでも言いたげに、モモは機体の上でどっしりと構え、周囲を見渡した。低い位置からの景色はいつもと違って見える。ソファの脚、テーブルの下、普段は素通りする場所が、ゆっくりと流れていく。

掃除ロボットが方向転換するたびに、モモの体も少し揺れる。それでも器用にバランスを取りながら、モモは涼しい顔でその場に居座り続けた。短い脚では自分で歩き回るのに少し苦労することもあるけれど、こうして乗り物に運んでもらうのは案外悪くない。

飼い主がその光景に気づいたのは、コーヒーを淹れようとキッチンに向かった時だった。リビングの真ん中を、掃除ロボットに乗ったマンチカンがゆっくりと横切っていく。あまりに堂々とした様子に、思わず足を止めて見入ってしまった。

「モモ、そこは掃除機であって、あなたの椅子じゃないのよ」

そう声をかけても、モモは涼しい顔で振り返るだけ。まるで「これは私の特等席」と言わんばかりの表情で、動く床の上での散歩を満喫している。

やがて掃除ロボットは充電が必要になったのか、ドックへと戻る動きを見せ始めた。モモはその変化を察知したのか、機体が止まる直前にひょいと飛び降り、何事もなかったかのようにまたソファへと戻っていった。

短い脚のマンチカンが見つけた、自分だけの移動手段。今日もまたどこかで、小さな機械の上に乗った小さな猫が、部屋の景色をのんびりと眺めているのかもしれない。


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ウォーキングマシンを歩いているマンチカンという猫

ウォーキングマシンを歩いているマンチカンという猫

短い足を精一杯伸ばして、ミルクは今日もウォーキングマシンの上を歩いていた。

きっかけは、飼い主が引っ越しの荷物の中から古いウォーキングマシンを引っ張り出してきたことだった。埃をかぶったそれをリビングの隅に置いた瞬間から、ミルクの目の色が変わった。ベルトの上を恐る恐る前足で触れてみると、かすかにキュルキュルと音がする。それだけで、もう夢中だった。

マンチカン特有の短い脚は、他の猫よりも歩幅が小さい。だから最初のうちは、ベルトの動きについていけずに何度もつんのめっていた。それでも諦めなかった。転んでは起き上がり、また小さな四本の脚を交互に動かす。まるで自分の短さを乗り越えようとするかのように。

「ミルク、また歩いてるの?」

飼い主が声をかけても、ミルクは振り返らない。真剣な表情でまっすぐ前を見つめ、耳をぴんと立てたまま、ひたすら歩き続けている。その横顔には、遊びとは少し違う、何かに挑んでいるような真剣さがあった。

三日目になると、ミルクはようやくベルトの速度に脚を合わせられるようになった。トコトコ、トコトコ。短い脚が規則正しくベルトを踏みしめる音が、静かな部屋に響く。振り落とされることもなくなり、むしろ少し得意げに歩いているようにさえ見えた。

窓から差し込む夕方の光が、歩き続けるミルクの背中をオレンジ色に染めていた。息を弾ませながらも、その目はどこまでも澄んでいて、まるでどこか遠い場所を目指しているようだった。

十分ほど歩いたところで、ミルクはようやく足を止めた。ベルトから飛び降りると、満足そうに一度だけ「にゃあ」と鳴き、そのままソファの上にどさりと体を投げ出した。

短い脚で、今日もまた少しだけ前へ進んだ。ミルクにとってウォーキングマシンは、ただの運動器具ではなく、自分だけの小さな冒険の舞台なのかもしれない。


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猫の家

猫の家

古い一軒家の縁側に、その猫は座っていた。

名前はまだない。この家の住人がそう呼ぶことにしているだけで、誰かがちゃんと名付けたわけではなかった。三毛の毛並みは陽に透けて、風が吹くたびにゆっくりと波打つ。

家は築五十年を超えていて、柱にはあちこち傷がついている。その傷のいくつかは、猫が子猫だった頃に爪を研いだ跡だった。誰も叱らなかった。この家では、そういうことは咎められない決まりになっているようだった。

朝は決まって台所の窓辺で日向ぼっこをする。硝子越しの光は少しぬるくて、目を細めていると、時々まぶたが勝手に落ちてくる。眠っているのか起きているのか、猫自身にもよくわからない時間が、そこには流れていた。

昼になると縁側に移動する。庭には手入れのされていない紫陽花が茂っていて、そこに来る蝶を眺めるのが日課だった。追いかけることはしない。ただ目で追う。若い頃はもっと動いていた気もするが、今はこうしているほうが性に合っている。

家の主は年老いた女で、一日のほとんどを居間で過ごしていた。猫が居間に入っていくと、女は決まって同じことを言った。

「あら、来たの」

それだけだった。それ以上の言葉はいらなかった。猫は女の膝の上に乗り、丸くなる。女の手が背中を撫でると、喉の奥から低い音が漏れた。この音がどこから出てくるのか、猫は考えたことがない。ただ自然にそうなるだけだった。

夕方、家の中に橙色の光が差し込む時間がくると、猫は決まって玄関へ向かう。誰かを待っているわけではない。ただ、その時間になるとそこに行きたくなる。玄関の三和土は少し冷たくて、その冷たさが心地よかった。

夜になれば、家は静かになる。時計の針の音だけが、廊下の奥から聞こえてくる。猫はその音を聞きながら、女の布団の足元で丸くなった。呼吸の音が二つ、重なるように続いていく。

これといって特別なことは何も起きない。同じ朝が来て、同じ昼があって、同じ夕方と夜が過ぎていく。それでも猫は、この家にいることを、他のどんな場所とも比べようとは思わなかった。

比べる必要が、そもそもなかったのだ。

猫にとって、この家はただ「そこにあるもの」だった。日が昇り、日が沈み、女がそこにいて、自分がそこにいる。それだけで、十分すぎるほど十分だった。


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2026年8月20日木曜日

服を着て寝ているマンチカンという猫

服を着て寝ているマンチカンという猫

夜の十時を過ぎると、この家はいつも同じ空気に包まれる。テレビの音が消え、洗濯物の匂いがほのかに漂う居間で、豆太(まめた)はいつものように丸くなっていた。

豆太はマンチカンだ。短い脚と、丸みを帯びた体つきが特徴の、少し不思議な形をした猫。今日はブランケットの上ではなく、脱いだばかりのパーカーの上にちょこんと収まっていた。

きっかけは些細なことだった。飼い主の由美が、部屋着に着替える途中でパーカーをソファに放り投げた。まだ体温の残るその布に、豆太はふらりと近づき、匂いを嗅ぎ、くるりと一周してから体を沈めた。

そして、なぜかそのまま袖に前足を通してしまった。

「え、豆太……それ、着てる?」

由美は思わず声を上げたが、豆太は気にする様子もなく、むしろ満足そうに目を細めている。短い脚が袖の中にすっぽりと収まり、丸い体はフードの部分に頭を預けるようにして丸まっていた。まるで、誰かが小さな猫のために仕立てた特注の寝袋のようだった。

由美はスマートフォンを手に取り、そっと写真を撮った。画面の中の豆太は、パーカーの袖から顔だけを覗かせ、すでに眠りに落ちかけている。

思えば、豆太は昔からそうだった。子猫の頃から、まっさらな洗濯物の上で寝るのが好きで、時には靴下の片方に潜り込み、時にはセーターの中にすっぽりと収まっていた。獣医に聞いてみたことがある。「マンチカンは体が低い分、地面に近いところの匂いや温もりに敏感なのかもしれませんね」と言われた。人の匂いのする布に包まれることが、豆太にとっての安心の形なのかもしれない。

窓の外では、隣の家の明かりがひとつ、またひとつと消えていく。由美はブランケットをそっと豆太の体にかけ直そうとしたが、やめた。パーカーの袖に前足を通したまま眠るその姿は、あまりにも自然で、あまりにも幸せそうだったから。

「そのままでいいか」

由美は小さくつぶやいて、部屋の明かりを落とした。

暗闇の中、豆太の小さな寝息だけが規則正しく続く。服を着ているのか、服に着られているのか。どちらでもいいような、そんな穏やかな夜だった。

明日の朝、目を覚ました豆太は、きっと何事もなかったかのようにパーカーから抜け出し、いつもの食欲旺盛な顔で由美を見上げるのだろう。けれど今この瞬間だけは、この小さな体は誰にも邪魔されない、自分だけの寝床の中にいた。


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日陰で休憩をする猫

日陰で休憩をする猫

真夏の太陽が容赦なく照りつける昼下がり、その猫は迷わず庭の隅へと向かった。大きな木の下、葉が幾重にも重なり合ってできた影の中は、外の世界とはまるで別の場所のように涼しかった。

猫はそこにゆっくりと腰を下ろすと、前足を体の下に折りたたみ、丸くなった。目を細めながら、遠くで揺れる陽炎を眺めている。日向では、蝉の声が休みなく響き渡っていたが、この木陰の中ではその音さえもどこか遠くのことのように感じられた。

風が吹くたびに、頭上の葉がさわさわと音を立て、木漏れ日が地面の上でちらちらと踊る。その光の粒が猫の毛並みの上を滑るように動くと、猫は片方の耳をぴくりと動かし、それからまた静かに目を閉じた。急ぐ理由など、どこにもない。

しばらくすると、猫は大きなあくびをひとつして、体を少し伸ばした。前足を思い切り前に突き出し、背中を丸めてから、また元の姿勢に戻る。まるで、この涼しさを少しでも長く味わおうとしているかのようだった。

近くの水たまりでは、小鳥が数羽水を飲みに来ていたが、猫はそちらを一瞥しただけで、追いかける素振りは見せなかった。今は、そんな気分ではない。ただこの静かな時間に身を委ねていたいだけだった。

日が少しずつ傾き、影の形がゆっくりと姿を変えていく。猫はそれに合わせるように、少しずつ場所を変えながら、いつまでも涼しい場所を選び続けた。誰に教わったわけでもないのに、この猫は知っている。暑い日には、無理をせず、心地よい場所でじっと休むことの大切さを。

やがて夕方の涼しい風が吹き始める頃、猫はようやく体を起こし、大きく伸びをした。木陰で過ごした静かな時間は、今日という一日を乗り切るための、ささやかだけれど確かな休息だったのかもしれない。


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散歩が好きな猫

散歩が好きな猫

朝の光が窓辺に差し込むと、その猫はいつも同じことをする。伸びをして、体を丸めて、それから玄関の方をじっと見つめるのだ。

名前はまだない。近所の人たちは「白と灰色の猫」と呼んでいたが、彼にとってそんなことはどうでもよかった。大事なのは、今日もあの道を歩けるかどうか、それだけだった。

彼の散歩は決まって同じ時間に始まる。太陽が塀の高さまで昇り、隣の家の洗濯物が風に揺れ始めるころ。まず庭を横切り、低い塀の隙間をすり抜けて、細い路地に出る。そこから先は、彼だけの世界だった。

路地の奥には小さな公園がある。誰もいない早朝のベンチは、まだ夜露に濡れていて冷たい。それでも彼はそこに座り、しばらく耳を澄ませる。鳥の声、遠くの車の音、隣町から聞こえてくる電車の響き。すべてが混ざり合って、朝という時間を作っているのだと、彼はなんとなく感じていた。

公園を抜けると、いつもの八百屋の前を通る。店主のおじさんは彼のことをよく知っていて、ときどき「おう、また来たか」と声をかけてくれる。彼はそのたびに立ち止まり、少しだけ尻尾を揺らして応える。それが彼なりの挨拶だった。

歩くことに理由なんてない。ただ、歩いているとき、体の中の何かがほどけていく感覚があった。狭い家の中では感じられない風のにおい、地面の温度、季節の変わり目のかすかな気配。それらすべてが、彼を少しずつ満たしていく。

ある日、いつもより少し遠くまで足を延ばしたことがあった。見知らぬ路地に迷い込み、知らない猫たちとすれ違い、知らない景色を見た。不安がなかったわけではない。それでも、新しい道の先に何があるのか知りたいという気持ちの方が、いつも少しだけ強かった。

夕方になると、彼は決まって同じ道を戻る。行きとは違う顔を見せる町並みを眺めながら、ゆっくりと、急がずに。家の前まで戻ると、窓辺で誰かが待っているのが見える。その温かい光を見るたびに、彼は今日も無事に歩き終えたことを、静かに噛みしめるのだった。

明日もきっと、同じ時間に目が覚めて、同じ道を、少しだけ違う気持ちで歩くのだろう。散歩とは、彼にとって、ただの習慣ではなかった。それは、世界と自分をつなぐ、小さくて確かな儀式だったのだ。


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川で魚をみつけた猫

川で魚をみつけた猫

 朝の光がまだ柔らかい時間、トラ猫のミケは河原の草むらを歩いていた。誰かに飼われているわけでもなく、かといって完全な野良でもない。近所のおばあさんが時々ご飯をくれる、そんな半分自由な暮らしをしている猫だった。

 この日は特に理由もなく、いつもより少し遠くまで足を延ばしていた。土手を下りると、川の水音が急に大きくなる。せせらぎは昨日の雨のせいか少し勢いを増していて、水面が朝日を受けてきらきらと揺れていた。

 ミケは水際に近づき、じっと川面を見つめた。猫は基本的に水が苦手だが、見るだけなら話は別だ。むしろ、あの落ち着かない光の揺らめきには妙に心を引かれるものがある。

 しばらく眺めていると、浅瀬の岩陰で何かが動いた。銀色の影がすっと横切り、また岩の陰に隠れる。

 ——魚だ。

 ミケの瞳孔が一瞬でまん丸に開いた。尻尾の先がぴくりと小さく揺れる。狩りの本能が、眠っていた場所からゆっくりと起き上がってくるのがわかった。

 前足をそっと水際に置いてみる。冷たい。思わず引っ込めた。それでも視線だけは魚から離さない。岩陰の魚は、まるでミケをからかうように、時々姿を見せては水草の間に消えていった。

 どれくらいそうしていただろうか。ミケは前足を出したり引っ込めたりを繰り返しながら、結局一度も水の中に飛び込むことはなかった。濡れるのは嫌だ。でも、あの銀色の動きから目を離すこともできない。そんな葛藤のまま、猫はただじっと水辺に座り続けていた。

 やがて日が高くなり、川面の光がさらに眩しくなる頃、ミケはふと我に返ったように体を伸ばし、大きなあくびをした。魚を捕まえられなかったことに、特に悔しさはないようだった。捕れても捕れなくても、この時間そのものが悪くなかったからだ。

 水音を背に、ミケはゆっくりと土手を上っていく。振り返ると、川はさっきと変わらず静かに流れていて、あの銀色の魚はもうどこにも見当たらなかった。

 それでもミケは、また今度ここに来ようと決めていた。魚がいてもいなくても、この場所には何か、猫の心をくすぐるものがある気がしたから。

 河原の草が風に揺れる中、トラ猫の後ろ姿は、いつものように気まぐれな足取りで町の方へと戻っていった。


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2026年8月19日水曜日

枕が好きな猫

枕が好きな猫

その家には、少し変わった猫が暮らしている。

名前はモカ。短い脚に丸い体、マンチカンという犬種のような愛らしい名前を持つ猫種だ。他の猫と違うところがあるとすれば、それはとにかく枕が好きだということだった。

朝、飼い主が目を覚ますよりも先に、モカはいつも寝室の枕の上にいる。正確に言えば、枕の上で丸くなっているのではなく、枕を抱きかかえるようにして眠っているのだ。短い前脚でしっかりと枕を挟み込み、顔をうずめて、時折くぐもった寝息を立てる。

「また占領されてる」

飼い主は毎朝そう呟きながら、モカがいない方の枕に頭をのせる。長年連れ添った恋人のように、モカと枕は片時も離れない。

昼間になると、モカの枕への執着はさらに顕著になる。ソファに置かれたクッションでは満足しない。あくまで「枕」でなければならないのだ。リビングに持ち出された予備の枕を見つけると、モカは短い脚で懸命によじ登り、その上でごろりと横になる。まるでそこが世界で一番安全な場所だとでも言うように。

来客があった日のことだった。友人が泊まりに来て、客間に枕をふたつ用意した。夜、友人が眠りにつこうとしたとき、扉の隙間からするりと影が滑り込んできた。モカだった。

友人が使っていない方の枕に、モカはそっと体を寄せた。前脚で枕をぎゅっと抱き、顔をうずめる。そして小さくため息をつくように鳴くと、すぐに寝息を立て始めた。

「この子、本当に枕が好きなんだね」

翌朝、友人は笑いながらそう言った。飼い主は苦笑いを浮かべつつ答えた。

「枕さえあれば、どこでも眠れるんです。むしろ枕がないと落ち着かないみたいで」

そういえば、と飼い主は思い出す。まだ子猫だった頃、モカは小さな体でクッションの隙間に潜り込んでは眠っていた。もしかすると、あの頃の記憶が、今も枕への愛着として残っているのかもしれない。柔らかくて、包み込まれるような安心感。それがモカにとっての枕なのだろう。

夕暮れ時、窓から差し込む光の中で、モカはまた枕の上にいた。丸まった背中がゆっくりと上下する。短い脚を投げ出し、時折ぴくりと耳を動かしながら、心地よさそうに眠っている。

その姿を眺めながら、飼い主はふと思う。

人にとっての枕が、ただの寝具であるように、モカにとっての枕もまた、ただの寝具にすぎないのかもしれない。けれど、その小さな体を優しく受け止めてくれる枕の存在は、モカにとって何よりも大切な、特別な居場所なのだろう。

今日も、モカは枕を抱いて眠る。

その寝顔は、まるで世界で一番幸せな夢を見ているかのようだった。


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なぜか立って遊んでいる2匹のマンチカン

なぜか立って遊んでいる2匹のマンチカン

短い脚が自慢の兄妹猫、コテツとハナ。二匹はマンチカンという胴長短足の猫種で、普段はソファの下をちょこちょこ移動するのが日課だった。

その日の午後、リビングに置かれた一本の羽根じゃらしが、二匹の運命を変えた。

飼い主が何気なく振ったその羽根が、ふわりと宙に浮いた瞬間、コテツが後ろ脚だけで立ち上がった。短い前脚を胸の前でちょこんと畳み、まるで見えない壁に寄りかかるようなポーズで、羽根を目で追っている。

「にゃ」

隣にいたハナも、つられるように立ち上がった。二匹並んで直立し、羽根が右に揺れれば首も右へ、左に揺れれば首も左へ。まるで見えないメトロノームに合わせているかのようだった。

飼い主は思わず動きを止めた。羽根がぴたりと止まると、二匹もぴたりと静止する。まるで「だるまさんが転んだ」でもしているみたいに。

なぜ立つのか。理由はわからない。マンチカンは脚が短いぶん、時々こうして後ろ脚だけで立ち、視界を確保しようとすることがあるらしい。けれど、それにしても息の合いすぎたこの二匹の立ち姿は、ただの習性というより、二匹だけの遊びのルールがあるようにも見えた。

やがて羽根が高く舞うと、コテツが小さくジャンプし、前脚でぽふんと払い落とした。ハナはすかさずそれに飛びつき、二匹はころころと絨毯の上を転がりながらじゃれ合った。

立っていたのはほんの数秒。けれどその数秒間、二匹の後ろ姿は、まるで小さな案山子が二体、仲良く並んでいるようだった。

飼い主はその光景をスマートフォンのカメラに収めながら、思わず笑ってしまった。短い脚で、それでも精一杯背伸びをして遊ぶ姿は、見ているだけで肩の力が抜けていくような、そんな時間だった。

窓の外では夕暮れの光がゆっくりと部屋に差し込み、じゃれ合う二匹のシルエットを、いつまでも優しく照らしていた。


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金魚を見ているマンチカン

金魚を見ているマンチカン

縁側の日だまりに、丸い水鉢が置かれている。

中で揺れているのは、赤とオレンジが混じり合った三匹の金魚だ。水面が風にさざめくたび、光の粒がゆらゆらと底まで届いて、砂利の上に細かい模様を描いていた。

その水鉢の縁から、じっと中を覗き込んでいるものがいる。

短い脚で精一杯背伸びをした、一匹のマンチカンだった。名前はハル。生まれてまだ一年ほどの、脚の短さがどこか愛嬌になっている猫だ。

ハルはこの水鉢の存在に、つい先週気づいたばかりだった。縁側を通りかかったとき、水面に映る自分の顔と、その奥でゆらゆら動く赤い影に出くわし、それ以来すっかり心を奪われてしまっている。

「なんだ、あれは」

そう言いたげな顔で、ハルは前脚を鉢のふちにかけた。短い脚では、精一杯伸びをしてもようやく顎が届くくらいだ。それでも器用にバランスを取りながら、水の中を覗き込む。

金魚たちは、ハルの視線などまるで気にせず、悠々と泳ぎ続けていた。一匹が水草の陰に隠れたかと思うと、もう一匹がすいっと横切っていく。その動きを、ハルの瞳孔がきゅっと丸くなって追いかける。

尻尾の先が、こつん、こつんと縁側の板を叩いた。狩りの本能が疼いているのか、それとも単なる好奇心か。ハル自身にもよくわかっていないようだった。

そのとき、一番大きな金魚がゆっくりと水面近くまで浮かび上がってきた。ハルとの距離はほんの
数センチ。

思わずハルの前脚がぴくりと動く。だが、爪を立てることはしなかった。ただじっと、まばたきも忘れて見つめている。まるで、初めて出会う不思議な生き物に敬意を払うかのように。

金魚はぱくりと口を開けて、また水の中へ潜っていった。その拍子に小さな水しぶきが跳ねて、ハルの鼻先にひとしずく落ちる。

「ひゃっ」

ハルは驚いて一歩後ずさりし、それから何事もなかったかのように、また鉢のふちに前脚をかけ直した。懲りない性格らしい。
縁側には、ゆったりとした昼下がりの時間が流れている。庭からは風鈴の音がかすかに聞こえ、水鉢の水面はきらきらと光を反射し続けていた。

ハルはしばらくそうして金魚を眺めていたが、やがて満足したのか、ふすっと小さなあくびをひとつ。短い脚を折りたたむようにして、水鉢のそばにぺたりと座り込んだ。

金魚を追いかけるでもなく、ただそこにいる。それだけで、十分だった。

日が傾き始め、水鉢の中の赤い影が、いっそう鮮やかに揺らめいて見えた。ハルの丸い瞳にも、その赤が映り込んでいる。

きっと明日も、ハルはこの場所に来るだろう。短い脚で精一杯背伸びをしながら、飽きることなく金魚たちを見つめるために。


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