2026年8月20日木曜日

服を着て寝ているマンチカンという猫

服を着て寝ているマンチカンという猫

夜の十時を過ぎると、この家はいつも同じ空気に包まれる。テレビの音が消え、洗濯物の匂いがほのかに漂う居間で、豆太(まめた)はいつものように丸くなっていた。

豆太はマンチカンだ。短い脚と、丸みを帯びた体つきが特徴の、少し不思議な形をした猫。今日はブランケットの上ではなく、脱いだばかりのパーカーの上にちょこんと収まっていた。

きっかけは些細なことだった。飼い主の由美が、部屋着に着替える途中でパーカーをソファに放り投げた。まだ体温の残るその布に、豆太はふらりと近づき、匂いを嗅ぎ、くるりと一周してから体を沈めた。

そして、なぜかそのまま袖に前足を通してしまった。

「え、豆太……それ、着てる?」

由美は思わず声を上げたが、豆太は気にする様子もなく、むしろ満足そうに目を細めている。短い脚が袖の中にすっぽりと収まり、丸い体はフードの部分に頭を預けるようにして丸まっていた。まるで、誰かが小さな猫のために仕立てた特注の寝袋のようだった。

由美はスマートフォンを手に取り、そっと写真を撮った。画面の中の豆太は、パーカーの袖から顔だけを覗かせ、すでに眠りに落ちかけている。

思えば、豆太は昔からそうだった。子猫の頃から、まっさらな洗濯物の上で寝るのが好きで、時には靴下の片方に潜り込み、時にはセーターの中にすっぽりと収まっていた。獣医に聞いてみたことがある。「マンチカンは体が低い分、地面に近いところの匂いや温もりに敏感なのかもしれませんね」と言われた。人の匂いのする布に包まれることが、豆太にとっての安心の形なのかもしれない。

窓の外では、隣の家の明かりがひとつ、またひとつと消えていく。由美はブランケットをそっと豆太の体にかけ直そうとしたが、やめた。パーカーの袖に前足を通したまま眠るその姿は、あまりにも自然で、あまりにも幸せそうだったから。

「そのままでいいか」

由美は小さくつぶやいて、部屋の明かりを落とした。

暗闇の中、豆太の小さな寝息だけが規則正しく続く。服を着ているのか、服に着られているのか。どちらでもいいような、そんな穏やかな夜だった。

明日の朝、目を覚ました豆太は、きっと何事もなかったかのようにパーカーから抜け出し、いつもの食欲旺盛な顔で由美を見上げるのだろう。けれど今この瞬間だけは、この小さな体は誰にも邪魔されない、自分だけの寝床の中にいた。


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日陰で休憩をする猫

日陰で休憩をする猫

真夏の太陽が容赦なく照りつける昼下がり、その猫は迷わず庭の隅へと向かった。大きな木の下、葉が幾重にも重なり合ってできた影の中は、外の世界とはまるで別の場所のように涼しかった。

猫はそこにゆっくりと腰を下ろすと、前足を体の下に折りたたみ、丸くなった。目を細めながら、遠くで揺れる陽炎を眺めている。日向では、蝉の声が休みなく響き渡っていたが、この木陰の中ではその音さえもどこか遠くのことのように感じられた。

風が吹くたびに、頭上の葉がさわさわと音を立て、木漏れ日が地面の上でちらちらと踊る。その光の粒が猫の毛並みの上を滑るように動くと、猫は片方の耳をぴくりと動かし、それからまた静かに目を閉じた。急ぐ理由など、どこにもない。

しばらくすると、猫は大きなあくびをひとつして、体を少し伸ばした。前足を思い切り前に突き出し、背中を丸めてから、また元の姿勢に戻る。まるで、この涼しさを少しでも長く味わおうとしているかのようだった。

近くの水たまりでは、小鳥が数羽水を飲みに来ていたが、猫はそちらを一瞥しただけで、追いかける素振りは見せなかった。今は、そんな気分ではない。ただこの静かな時間に身を委ねていたいだけだった。

日が少しずつ傾き、影の形がゆっくりと姿を変えていく。猫はそれに合わせるように、少しずつ場所を変えながら、いつまでも涼しい場所を選び続けた。誰に教わったわけでもないのに、この猫は知っている。暑い日には、無理をせず、心地よい場所でじっと休むことの大切さを。

やがて夕方の涼しい風が吹き始める頃、猫はようやく体を起こし、大きく伸びをした。木陰で過ごした静かな時間は、今日という一日を乗り切るための、ささやかだけれど確かな休息だったのかもしれない。


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散歩が好きな猫

散歩が好きな猫

朝の光が窓辺に差し込むと、その猫はいつも同じことをする。伸びをして、体を丸めて、それから玄関の方をじっと見つめるのだ。

名前はまだない。近所の人たちは「白と灰色の猫」と呼んでいたが、彼にとってそんなことはどうでもよかった。大事なのは、今日もあの道を歩けるかどうか、それだけだった。

彼の散歩は決まって同じ時間に始まる。太陽が塀の高さまで昇り、隣の家の洗濯物が風に揺れ始めるころ。まず庭を横切り、低い塀の隙間をすり抜けて、細い路地に出る。そこから先は、彼だけの世界だった。

路地の奥には小さな公園がある。誰もいない早朝のベンチは、まだ夜露に濡れていて冷たい。それでも彼はそこに座り、しばらく耳を澄ませる。鳥の声、遠くの車の音、隣町から聞こえてくる電車の響き。すべてが混ざり合って、朝という時間を作っているのだと、彼はなんとなく感じていた。

公園を抜けると、いつもの八百屋の前を通る。店主のおじさんは彼のことをよく知っていて、ときどき「おう、また来たか」と声をかけてくれる。彼はそのたびに立ち止まり、少しだけ尻尾を揺らして応える。それが彼なりの挨拶だった。

歩くことに理由なんてない。ただ、歩いているとき、体の中の何かがほどけていく感覚があった。狭い家の中では感じられない風のにおい、地面の温度、季節の変わり目のかすかな気配。それらすべてが、彼を少しずつ満たしていく。

ある日、いつもより少し遠くまで足を延ばしたことがあった。見知らぬ路地に迷い込み、知らない猫たちとすれ違い、知らない景色を見た。不安がなかったわけではない。それでも、新しい道の先に何があるのか知りたいという気持ちの方が、いつも少しだけ強かった。

夕方になると、彼は決まって同じ道を戻る。行きとは違う顔を見せる町並みを眺めながら、ゆっくりと、急がずに。家の前まで戻ると、窓辺で誰かが待っているのが見える。その温かい光を見るたびに、彼は今日も無事に歩き終えたことを、静かに噛みしめるのだった。

明日もきっと、同じ時間に目が覚めて、同じ道を、少しだけ違う気持ちで歩くのだろう。散歩とは、彼にとって、ただの習慣ではなかった。それは、世界と自分をつなぐ、小さくて確かな儀式だったのだ。


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川で魚をみつけた猫

川で魚をみつけた猫

 朝の光がまだ柔らかい時間、トラ猫のミケは河原の草むらを歩いていた。誰かに飼われているわけでもなく、かといって完全な野良でもない。近所のおばあさんが時々ご飯をくれる、そんな半分自由な暮らしをしている猫だった。

 この日は特に理由もなく、いつもより少し遠くまで足を延ばしていた。土手を下りると、川の水音が急に大きくなる。せせらぎは昨日の雨のせいか少し勢いを増していて、水面が朝日を受けてきらきらと揺れていた。

 ミケは水際に近づき、じっと川面を見つめた。猫は基本的に水が苦手だが、見るだけなら話は別だ。むしろ、あの落ち着かない光の揺らめきには妙に心を引かれるものがある。

 しばらく眺めていると、浅瀬の岩陰で何かが動いた。銀色の影がすっと横切り、また岩の陰に隠れる。

 ——魚だ。

 ミケの瞳孔が一瞬でまん丸に開いた。尻尾の先がぴくりと小さく揺れる。狩りの本能が、眠っていた場所からゆっくりと起き上がってくるのがわかった。

 前足をそっと水際に置いてみる。冷たい。思わず引っ込めた。それでも視線だけは魚から離さない。岩陰の魚は、まるでミケをからかうように、時々姿を見せては水草の間に消えていった。

 どれくらいそうしていただろうか。ミケは前足を出したり引っ込めたりを繰り返しながら、結局一度も水の中に飛び込むことはなかった。濡れるのは嫌だ。でも、あの銀色の動きから目を離すこともできない。そんな葛藤のまま、猫はただじっと水辺に座り続けていた。

 やがて日が高くなり、川面の光がさらに眩しくなる頃、ミケはふと我に返ったように体を伸ばし、大きなあくびをした。魚を捕まえられなかったことに、特に悔しさはないようだった。捕れても捕れなくても、この時間そのものが悪くなかったからだ。

 水音を背に、ミケはゆっくりと土手を上っていく。振り返ると、川はさっきと変わらず静かに流れていて、あの銀色の魚はもうどこにも見当たらなかった。

 それでもミケは、また今度ここに来ようと決めていた。魚がいてもいなくても、この場所には何か、猫の心をくすぐるものがある気がしたから。

 河原の草が風に揺れる中、トラ猫の後ろ姿は、いつものように気まぐれな足取りで町の方へと戻っていった。


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2026年8月19日水曜日

枕が好きな猫

枕が好きな猫

その家には、少し変わった猫が暮らしている。

名前はモカ。短い脚に丸い体、マンチカンという犬種のような愛らしい名前を持つ猫種だ。他の猫と違うところがあるとすれば、それはとにかく枕が好きだということだった。

朝、飼い主が目を覚ますよりも先に、モカはいつも寝室の枕の上にいる。正確に言えば、枕の上で丸くなっているのではなく、枕を抱きかかえるようにして眠っているのだ。短い前脚でしっかりと枕を挟み込み、顔をうずめて、時折くぐもった寝息を立てる。

「また占領されてる」

飼い主は毎朝そう呟きながら、モカがいない方の枕に頭をのせる。長年連れ添った恋人のように、モカと枕は片時も離れない。

昼間になると、モカの枕への執着はさらに顕著になる。ソファに置かれたクッションでは満足しない。あくまで「枕」でなければならないのだ。リビングに持ち出された予備の枕を見つけると、モカは短い脚で懸命によじ登り、その上でごろりと横になる。まるでそこが世界で一番安全な場所だとでも言うように。

来客があった日のことだった。友人が泊まりに来て、客間に枕をふたつ用意した。夜、友人が眠りにつこうとしたとき、扉の隙間からするりと影が滑り込んできた。モカだった。

友人が使っていない方の枕に、モカはそっと体を寄せた。前脚で枕をぎゅっと抱き、顔をうずめる。そして小さくため息をつくように鳴くと、すぐに寝息を立て始めた。

「この子、本当に枕が好きなんだね」

翌朝、友人は笑いながらそう言った。飼い主は苦笑いを浮かべつつ答えた。

「枕さえあれば、どこでも眠れるんです。むしろ枕がないと落ち着かないみたいで」

そういえば、と飼い主は思い出す。まだ子猫だった頃、モカは小さな体でクッションの隙間に潜り込んでは眠っていた。もしかすると、あの頃の記憶が、今も枕への愛着として残っているのかもしれない。柔らかくて、包み込まれるような安心感。それがモカにとっての枕なのだろう。

夕暮れ時、窓から差し込む光の中で、モカはまた枕の上にいた。丸まった背中がゆっくりと上下する。短い脚を投げ出し、時折ぴくりと耳を動かしながら、心地よさそうに眠っている。

その姿を眺めながら、飼い主はふと思う。

人にとっての枕が、ただの寝具であるように、モカにとっての枕もまた、ただの寝具にすぎないのかもしれない。けれど、その小さな体を優しく受け止めてくれる枕の存在は、モカにとって何よりも大切な、特別な居場所なのだろう。

今日も、モカは枕を抱いて眠る。

その寝顔は、まるで世界で一番幸せな夢を見ているかのようだった。


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なぜか立って遊んでいる2匹のマンチカン

なぜか立って遊んでいる2匹のマンチカン

短い脚が自慢の兄妹猫、コテツとハナ。二匹はマンチカンという胴長短足の猫種で、普段はソファの下をちょこちょこ移動するのが日課だった。

その日の午後、リビングに置かれた一本の羽根じゃらしが、二匹の運命を変えた。

飼い主が何気なく振ったその羽根が、ふわりと宙に浮いた瞬間、コテツが後ろ脚だけで立ち上がった。短い前脚を胸の前でちょこんと畳み、まるで見えない壁に寄りかかるようなポーズで、羽根を目で追っている。

「にゃ」

隣にいたハナも、つられるように立ち上がった。二匹並んで直立し、羽根が右に揺れれば首も右へ、左に揺れれば首も左へ。まるで見えないメトロノームに合わせているかのようだった。

飼い主は思わず動きを止めた。羽根がぴたりと止まると、二匹もぴたりと静止する。まるで「だるまさんが転んだ」でもしているみたいに。

なぜ立つのか。理由はわからない。マンチカンは脚が短いぶん、時々こうして後ろ脚だけで立ち、視界を確保しようとすることがあるらしい。けれど、それにしても息の合いすぎたこの二匹の立ち姿は、ただの習性というより、二匹だけの遊びのルールがあるようにも見えた。

やがて羽根が高く舞うと、コテツが小さくジャンプし、前脚でぽふんと払い落とした。ハナはすかさずそれに飛びつき、二匹はころころと絨毯の上を転がりながらじゃれ合った。

立っていたのはほんの数秒。けれどその数秒間、二匹の後ろ姿は、まるで小さな案山子が二体、仲良く並んでいるようだった。

飼い主はその光景をスマートフォンのカメラに収めながら、思わず笑ってしまった。短い脚で、それでも精一杯背伸びをして遊ぶ姿は、見ているだけで肩の力が抜けていくような、そんな時間だった。

窓の外では夕暮れの光がゆっくりと部屋に差し込み、じゃれ合う二匹のシルエットを、いつまでも優しく照らしていた。


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金魚を見ているマンチカン

金魚を見ているマンチカン

縁側の日だまりに、丸い水鉢が置かれている。

中で揺れているのは、赤とオレンジが混じり合った三匹の金魚だ。水面が風にさざめくたび、光の粒がゆらゆらと底まで届いて、砂利の上に細かい模様を描いていた。

その水鉢の縁から、じっと中を覗き込んでいるものがいる。

短い脚で精一杯背伸びをした、一匹のマンチカンだった。名前はハル。生まれてまだ一年ほどの、脚の短さがどこか愛嬌になっている猫だ。

ハルはこの水鉢の存在に、つい先週気づいたばかりだった。縁側を通りかかったとき、水面に映る自分の顔と、その奥でゆらゆら動く赤い影に出くわし、それ以来すっかり心を奪われてしまっている。

「なんだ、あれは」

そう言いたげな顔で、ハルは前脚を鉢のふちにかけた。短い脚では、精一杯伸びをしてもようやく顎が届くくらいだ。それでも器用にバランスを取りながら、水の中を覗き込む。

金魚たちは、ハルの視線などまるで気にせず、悠々と泳ぎ続けていた。一匹が水草の陰に隠れたかと思うと、もう一匹がすいっと横切っていく。その動きを、ハルの瞳孔がきゅっと丸くなって追いかける。

尻尾の先が、こつん、こつんと縁側の板を叩いた。狩りの本能が疼いているのか、それとも単なる好奇心か。ハル自身にもよくわかっていないようだった。

そのとき、一番大きな金魚がゆっくりと水面近くまで浮かび上がってきた。ハルとの距離はほんの
数センチ。

思わずハルの前脚がぴくりと動く。だが、爪を立てることはしなかった。ただじっと、まばたきも忘れて見つめている。まるで、初めて出会う不思議な生き物に敬意を払うかのように。

金魚はぱくりと口を開けて、また水の中へ潜っていった。その拍子に小さな水しぶきが跳ねて、ハルの鼻先にひとしずく落ちる。

「ひゃっ」

ハルは驚いて一歩後ずさりし、それから何事もなかったかのように、また鉢のふちに前脚をかけ直した。懲りない性格らしい。
縁側には、ゆったりとした昼下がりの時間が流れている。庭からは風鈴の音がかすかに聞こえ、水鉢の水面はきらきらと光を反射し続けていた。

ハルはしばらくそうして金魚を眺めていたが、やがて満足したのか、ふすっと小さなあくびをひとつ。短い脚を折りたたむようにして、水鉢のそばにぺたりと座り込んだ。

金魚を追いかけるでもなく、ただそこにいる。それだけで、十分だった。

日が傾き始め、水鉢の中の赤い影が、いっそう鮮やかに揺らめいて見えた。ハルの丸い瞳にも、その赤が映り込んでいる。

きっと明日も、ハルはこの場所に来るだろう。短い脚で精一杯背伸びをしながら、飽きることなく金魚たちを見つめるために。


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お腹を出して眠るマンチカン

お腹を出して眠るマンチカン

昼下がりのリビングに、やわらかな光が差し込んでいた。

窓辺に敷かれたラグの上で、一匹のマンチカンが仰向けになって眠っている。短い手足をだらしなく投げ出し、丸いお腹を天井に向けて、まるで「今日はもう何もしません」とでも言いたげな格好だった。

名前はモモ。この家にやってきてもうすぐ二年になる。短い脚のせいで、歩く姿はいつもどこか不格好で愛らしい。ソファに飛び乗るのも一苦労で、助走をつけては失敗し、何度も挑戦してようやく成功するのがいつものパターンだ。けれど寝る時ばかりは、その短い脚が誰よりも自由に見えた。

「モモ、そんな格好で寝て、風邪ひかない?」

飼い主の美咲は、洗濯物を畳みながら思わず声をかけた。もちろん返事はない。モモはぴくりと片方の耳を動かしただけで、深い眠りの中にいた。

お腹を出して眠るのは、警戒心のない証拠だと聞いたことがある。猫にとってお腹は急所であり、そこを無防備にさらすというのは、この場所が安全だと信じている証なのだそうだ。美咲はその話を思い出すたびに、少しだけ誇らしい気持ちになる。モモがこの家を、心から安心できる場所だと思ってくれている——そんな気がするからだ。

窓の外では、初夏の風が揺れる木々の葉音を運んでくる。時折、遠くで子どもたちのはしゃぐ声が聞こえるが、それすらもモモの眠りを妨げることはなかった。時折、小さな寝言のような声を漏らしながら、前足がぴくぴくと動く。夢の中で何かを追いかけているのかもしれない。魚だろうか、それとも大好きなおもちゃのねずみだろうか。

美咲はそっと近づき、スマートフォンでその姿を写真に収めた。丸いお腹、投げ出された短い手足、半開きの口。どこをとっても隙だらけで、それでいてこの上なく愛おしい。

「こんな無防備な寝顔、見せてもらえるの、飼い主の特権だよね」

そう呟きながら、美咲はそっとモモの隣に腰を下ろした。起こさないように、静かに、静かに。

しばらくすると、モモがゆっくりと目を開けた。寝ぼけたような表情で美咲を見上げ、小さくあくびをする。そしてまた、お腹を見せたまま、ころんと体の向きを変えて眠りに戻っていった。まるで「まだ寝ていたいから、そっとしておいて」とでも言うように。

午後の時間は、こうしてゆっくりと過ぎていく。マンチカンの短い脚も、丸いお腹も、すべてがこの家の日常に溶け込んでいた。何気ない昼下がりの一コマだけれど、そこには確かな安心と幸せが詰まっている。

お腹を出して眠る猫の姿は、見ているだけで心が緩んでいく。忙しない毎日の中で、そんな無防備な寝顔にふと目を留める瞬間があれば、それだけで十分に癒される——モモを見ていると、いつもそう思わされるのだった。


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ソファーに登れないマンチカンという猫

ソファーに登れないマンチカンという猫

リビングの片隅に、少し座面の高いソファーがある。

飼い主が仕事から帰ってくると、いつもそこに座って一息つくのが日課だった。そのソファーの前で、じっと見上げている一匹の猫がいる。名前はもち。丸い顔と短い脚が特徴の、マンチカンという種類の猫だ。

もちは、そのソファーに登ろうとして、もう何度も失敗していた。

短い前脚を精一杯伸ばして、ぴょんと跳ねる。けれど座面までは届かず、爪が布地をかすめるだけで、ずるりと滑り落ちてしまう。それでも諦めずに、もう一度、また一度と挑戦する。その様子は健気で、見ているだけで胸が温かくなる。

「もち、また挑戦してるの?」

飼い主がそう声をかけると、もちは一瞬こちらを振り返り、また前脚に力を込める。今日こそはという気持ちが伝わってくるようだった。しかし結果は同じで、ふすっと小さな音を立てて床に着地する。悔しそうな顔で、ソファーをじっと見上げる姿がなんとも愛らしい。

マンチカンは脚が短い分、他の猫のように高い場所へ軽々と飛び乗ることが苦手だ。それでも、もちは工夫を忘れない。ある日、そばに置いてあったクッションを見つけると、それを踏み台代わりにして、少しだけ高い位置から跳んでみせた。惜しくもソファーには届かなかったが、その発想力に飼い主は思わず笑ってしまった。

何度目かの挑戦の末、ついにもちの前脚がソファーの座面にしっかりとかかった。後ろ脚でぐっと床を蹴り、丸い体を持ち上げる。そのままころんと座面に転がり込むと、もちは満足げに毛づくろいを始めた。

「やったね、もち」

飼い主が頭を撫でると、もちは目を細めて、まるで誇らしげな表情を見せた。短い脚では届かない高さも、諦めずに挑み続ければ、いつかは越えられる。もちの小さな挑戦は、そんなことを静かに教えてくれる気がした。

その夜、もちはソファーの上で丸くなり、穏やかな寝息を立てていた。窓の外はすっかり暗くなっていたが、部屋の中には温かな灯りと、小さな猫の存在が満ちていた。明日もまた、もちは何かに挑戦するのだろう。その姿を見守るのが、飼い主にとって何よりの楽しみだった。


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メロンが食べたい猫のマンチカン

メロンが食べたい猫のマンチカン

短い脚をちょこちょこと動かしながら、マンチカンのモモは台所の入り口で立ち止まった。

床に鼻をつけて、くんくんと匂いを嗅ぐ。今朝、飼い主が切り分けていたあの甘い香り——メロンだ。冷蔵庫の中にしまわれたのを、モモはちゃんと見ていた。

「にゃあ」

小さく鳴いてみたけれど、返事はない。飼い主はリビングでテレビを見ながら、うたた寝をしているようだった。

モモは短い足で踏ん張りながら、冷蔵庫の前まで進んだ。もちろん、あの銀色の扉を開けられるはずもない。それでも諦めきれず、扉に鼻を押しつけて、しばらくじっとしていた。冷たい金属の匂いの奥に、まだかすかにメロンの香りが残っている気がした。

ふと、テーブルの上に目をやると、飼い主が切り分けたあとの皮が、お皿にのったまま置かれているのに気づいた。皮にはまだ、うっすらと果肉が残っている。

モモは椅子によじ登り、そっとテーブルの端に前足をかけた。短い脚では届きそうで届かない。それでも精一杯背伸びをして、鼻先をお皿に近づける。

甘い匂いがふわりと鼻をくすぐった瞬間、モモの尻尾がぴんと立った。夢中で皮に鼻を押しつけ、残った果肉をペロペロと舐め始める。

その物音で、うたた寝していた飼い主が目を覚ました。

「モモ、こら、メロン食べちゃだめだよ」

慌てて駆け寧ってきた飼い主に抱き上げられ、モモは名残惜しそうに皮を見つめた。それでも飼い主は苦笑いしながら、小さく切ったメロンの果肉を少しだけ、モモ専用の小皿にのせてくれた。

短い脚でぴょんと着地したモモは、小皿に一直線。夢中で頬張るその姿は、まるで世界で一番のごちそうを味わっているようだった。

窓の外では、夏の日差しがやわらかく差し込んでいる。満足げに小皿を舐め尽くしたモモは、丸くなって日向でひと眠り。きっと夢の中でも、甘いメロンを追いかけているに違いない。


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