一、朝いちばんの冷たさ
十一月の終わりの朝は、目を開ける前に分かる。布団から出ている鼻の頭だけが、ほんの少し冷たいのだ。
ああ、冬が来たんだな、と思いながら、私はゆっくりと体を起こした。カーテンの隙間から差しこむ光は、秋のそれよりも細くて白い。部屋の空気は、吸いこむと胸の奥が一瞬きゅっと縮むような、澄んだ冷たさをしていた。
足元では、毛布の端にくるまっていた大きな塊がもぞりと動いた。メインクーンのソラだ。ふさふさの首まわりの毛と、ぴんと立った耳の先の飾り毛。寝ぼけた顔のまま、金色の目だけがこちらを見ている。
「おはよう。寒いね」
返事の代わりに、ソラは長いしっぽをゆるりと一度だけ振った。それが、我が家の朝のあいさつである。
二、窓辺という特等席
カーテンを開けると、窓ガラスの下の方が、うっすらと曇っていた。内側と外側の温度の差が、ガラスの上に白い薄布をかけたようになっている。
ソラはいつの間にか、窓辺の定位置に座っていた。出窓に敷いた古い毛布の上。ここが彼の特等席だ。日が差せばいちばん早くあたたまり、日が傾けばいちばん長く光が残る場所である。
私はマグカップにあたたかいお茶をいれて、その隣に腰をおろした。湯気がふわりと立ちのぼって、すぐに空気にほどけていく。
少しだけ窓を開けてみた。細い隙間から、冬のはじまりの空気が静かに流れこんでくる。
草のかたい匂いと、遠くの煙突から流れてくる、ほのかな煙の匂い。それから、まだ誰にも踏まれていない朝の匂い。
三、白い息のゆくえ
そのとき、ソラが小さく「はあ」と息をついた。
窓の隙間のすぐそばで、彼の口もとから、白いものがふわりと生まれた。ほんの一瞬、小さな雲のようにそこに浮かんで、ゆっくりと形を失っていく。
ソラは、じっとそれを見つめていた。
彼にとっては、きっと不思議な出来事なのだろう。昨日までは、息はただの息だった。それが今朝になって、目に見えるものに変わった。耳をぴくりと動かして、ひげを前にそっと向けて、まるで知らない虫でも見つけたかのように、真剣な顔をしている。
もう一度、「はあ」。
また、白い雲が生まれる。ソラの金色の目が、それを追いかけていく。
私は思わず、笑いそうになるのをこらえた。笑い声を出したら、この静かな時間がこわれてしまいそうだったからだ。かわりに、自分もそっと息を吐いてみた。
私の息も、白かった。
ふたつの白い息が、窓辺で並んで、ゆらゆらとのぼっていく。大きいのと、小さいの。ゆっくりなのと、少し速いの。やがてそれらは、冬の空の青のなかに、ひとつになって溶けていった。
四、静けさの中にあるもの
窓の外では、庭の木の葉がほとんど落ちて、枝の先に朝の光が引っかかっていた。屋根の上には、うっすらと霜が降りている。太陽がのぼるにつれて、その霜がきらきらと光りはじめた。
遠くで、新聞配達のバイクの音がした。それも、すぐに遠ざかって消えた。
世界はまだ、眠りから覚めきっていない。その静けさのなかで、ソラの呼吸の音だけが、すぐ隣でやさしく続いている。
ふと、思った。
冬のはじまりというのは、何かが終わる季節ではなく、何かが見えるようになる季節なのかもしれない。いつもはそこにあるのに気づかなかったもの。たとえば、息のあたたかさ。たとえば、誰かが隣にいるというだけで、少しだけ冷たさがやわらぐこと。
ソラが、ぽすんと私の膝にあごをのせてきた。ずしりと重い。けれど、その重さは、不思議なほどあたたかかった。
五、おわりに
マグカップのお茶が、ぬるくなっていた。
窓を閉めると、部屋の空気はまたゆっくりと落ち着いていく。ガラスの曇りは、朝日にあたって、少しずつ薄くなっていった。
ソラはもう、白い息のことを忘れたような顔で、まぶたを半分おろしている。ごろごろ、と喉の奥から低い音が聞こえてきた。
冬は、これからもっと深くなっていくのだろう。寒い朝も、凍える夜も、きっとある。
それでも、窓辺にこうして並んで座って、白い息を見つめる朝があるのなら、冬もそんなに悪くない。そう思えた、はじまりの朝だった。
もし今、あなたの窓辺にも冷たい朝の空気が届いているなら、ほんの少しだけ窓を開けて、深呼吸をしてみてください。白い息がふわりと生まれたら、それはきっと、冬からの小さなあいさつです。
温かい飲みものと、やわらかな毛布と、隣にいる誰か。それだけで、冬のはじまりの朝は、十分にやさしいものになります。
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