猫は、玄関の前で少し考えてから外に出た。
ドアが閉まる音が、いつもより大きく聞こえた。
朝の道は、まだ静かだった。
空気は少し冷たくて、
猫のひげが、世界の輪郭を確かめるように揺れた。
最初に出会ったのは、知らない匂い。
昨夜ここを通った犬のものか、
それとも遠くから来た風の置き土産か。
猫は立ち止まり、
しばらく考えた末、
その匂いを「今はどうでもいい」と判断した。
角を曲がると、
いつもの塀の上に、
いつもより年を取った鳥がいた。
鳥は何も言わず、
猫も何も言わなかった。
それで十分だった。
少し歩くと、
急に世界が広くなった気がした。
知らない音、知らない影、
知らない気配。
猫のしっぽが、
無意識に慎重さを思い出す。
一度、
帰ろうかとも思った。
でも、
もう少しだけ、と思って
歩き続けた。
その先で、
猫は水たまりを見つけた。
空が逆さまに映っていて、
触れたら壊れてしまいそうだった。
猫は、触らなかった。
やがて、
お腹が少し空いて、
足が少し疲れて、
心が少し静かになった。
猫は、
「今日はこれくらいでいい」
と決めた。
帰り道は、
行きよりも短く感じた。
知っている匂いが増えて、
音の正体もわかってきたからだ。
家の前に戻ると、
さっきよりドアは小さく見えた。
それでも、
中に入ると、
ちゃんと元の大きさに戻った。
猫は、
いつもの場所に丸くなり、
目を閉じた。
外の世界は、
何も変わっていない。
でも、
猫は少しだけ、
外を知って戻ってきた。
それで、今日は十分だった。
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