朝の光は、水面にやわらかくほどけていく。
ぬくもりを感じながら、わたしはゆっくりと目を覚ます。
わたしは、ニホンイシガメのメス。
流れの速い川ではなく、小さなこの水辺で暮らしている。
それでも、水と石と光があれば、わたしには十分だ。
――コト、と床に伝わる軽い振動。
来た。
「カメちゃん、おはよー!遊ぼ!」
あの子の声だ。
高くて、明るくて、どこか不思議な響き。
人のようで、人ではない。
光をまとった存在。
わたしは首をゆっくり伸ばす。
急がない。わたしたちの時間は、もともと違うのだから。
視界の中に、あの子の姿が入る。
ピンク色の髪が朝の光を受けて、ほんのりと輝いている。
指をこちらに向けて、嬉しそうに笑っている。
わたしは、石の上に前足をかける。
甲羅に残る夜の冷たさが、少しずつ抜けていく。
「起きてる!今日も元気だね!」
元気――その言葉は、よく分からない。
けれど、この子の声の調子で、それが“良いこと”だと知っている。
だから、もう一歩だけ進む。
水がわずかに揺れる。
その小さな変化に、あの子はまた喜ぶ。
不思議な子だと思う。
こんなにもゆっくりなわたしを見て、飽きることもなく、
毎朝、同じように声をかけてくる。
わたしは知っている。
外の世界には、もっと速く動くものがたくさんいることを。
けれど、この場所では違う。
わたしの一歩が、あの子にとっての出来事になる。
「ねえ、今日はなにする?」
その問いの意味は、少し難しい。
でも、たぶん――
こうして向き合っている時間、そのもののことだ。
わたしは首を少しだけ傾ける。
それだけで、あの子は満足そうに笑った。
それでいい。
わたしはニホンイシガメのメス。
静かに、ゆっくりと生きている。
そして今日もまた、同じ朝が来る。
声を持たないわたしの代わりに、
水の揺れと、小さな足音で応える。
――おはよう。
その一言は、きっとちゃんと届いている。
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