ある日のこと。
理由もきっかけもはっきりしないまま、
ちびっこ龍はふらりと神社に迷い込んでいた。
そこは、龍を祀っている神社だった。
鳥居をくぐった瞬間、どこか懐かしいような、
不思議な空気がちびっこ龍の体をすり抜ける。
境内には、たくさんの風鈴が吊るされていた。
軒先、木々の間、手水舎のそば。
あちこちに、静かに揺れる小さな音のかたまり。
風はほとんど吹いていなかった。
だから、風鈴たちも眠るように静かだった。
ちびっこ龍は、少し首をかしげる。
「……?」
そして、そっと前に進んだ。
その瞬間。
ふわり、と小さな風が生まれた。
ちびっこ龍の動きに合わせるように、やわらかな風が境内をすり抜けていく。
次の瞬間、ひとつ、またひとつと風鈴が鳴りはじめた。
ちりん。
ちりりん。
音は重なり、広がり、やがて境内いっぱいに響き渡る。
ちびっこ龍は目を丸くした。
「……!」
自分が歩くたびに、風が生まれる。
風が通るたびに、風鈴が鳴る。
それがわかると、ちびっこ龍はなんだか楽しくなってきた。
とことこ、と少し早く歩いてみる。
すると、風も少しだけ強くなる。
ちりん、ちりん、ちりりん。
音が増える。
くるり、と向きを変えてみる。
また風が流れる。
ちりりりん。
今度は小さく跳ねてみる。
ちりんっ。
まるで遊んでくれているみたいに、風鈴たちは素直に応えてくれる。
その様子を見ている人間は、誰もいない。
いや、正確には——見えていない。
参拝に来た人が首をかしげる。
「風、強くなった?」
けれど、そのすぐそばで、ちびっこ龍はくるくると動き回っている。
人には見えない、小さな存在。
けれど確かに、そこにいる。
ちびっこ龍はすっかり夢中になっていた。
境内を端から端まで走ってみる。
石段を登ってみる。
木の周りをぐるぐる回ってみる。
そのたびに風が生まれ、風鈴が鳴る。
ちりん、ちりん、ちりりん。
やがて、境内は音で満たされていく。
静かなはずの神社に、
見えない誰かの笑い声の代わりに、
澄んだ音だけが広がっていく。
しばらくして、ちびっこ龍は立ち止まった。
たくさん鳴った風鈴たちが、少しずつ静かになっていく。
余韻のように、最後のひとつが鳴る。
ちりん。
ちびっこ龍は、それをじっと見上げた。
なぜここに来たのかは、わからない。
でも、なんだか少しだけ満たされた気持ちになっていた。
また来てもいいかもしれない。
そんなことを思いながら、
ちびっこ龍はふわりと境内をあとにする。
その後ろで、
風もないのに、ひとつだけ風鈴が鳴った。
ちりん。
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