わたしはニホンイシガメのメス、
今日は、外の空気がいつもと少し違った。
あたたかくて、やわらかくて、甲羅の上をそっとなでていくような感じ。
だからだろうか、あの子が「散歩、行こうか」と言った。
わたしはゆっくり首を伸ばして、外の世界を見た。
外は広い。
広すぎるくらいに。
一歩、前に出る。
地面の感触を確かめるように、ゆっくりと。
でも、そこで止まった。
ここでもう、十分な気がした。
風が来る。
光が落ちる。
音が遠くで揺れている。
それだけで、世界はちゃんとここにある。
あの子がしゃがみこんで、わたしを見ている。
やさしい目だ。少しだけ、不思議そうな顔もしている。
「行かないの?」
そう言われても、わたしは動かない。
動く理由が、あまり見つからない。
ここに、もう全部あるから。
また少しだけ首を伸ばして、空気の匂いを感じる。
やっぱり、いい。
ここがいい。
結局、その日の散歩は、家の前で終わった。
でもきっと、あの子は気づいている。
遠くへ行くことだけが、散歩じゃないことを。
わたしは今日も、ゆっくりと生きている。
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