わたしはニホンイシガメのメス。
今日もいつもの水槽の中、静かな時間が流れている。
だけど、外の世界の気配はいつも気になっていた。
水の揺れ方も、光のきらめきも、どこか違う気がして。
――だから、今日は少しだけ。
飼い主には黙って、こっそりと外へ出てみることにした。
ゆっくり、ゆっくりと進んでたどり着いたのは、小さな川。
水は透き通っていて、底の石までよく見える。
流れはやさしく、体をなでるように通り過ぎていく。
「こんな場所があったんだ…」
わたしは少しだけ誇らしくなって、川の中を歩いた。
水の中なのに、どこか空を飛んでいるような気分だった。
しばらく遊んでいると、ふと、視線を感じた。
振り向くと――そこにいたのは、一匹の魚。
その魚は、とてもきれいだった。
光を受けて、体がきらきらと輝いている。
そして何より驚いたのは、その大きさ。
「えっ…?」
思わず、声が出そうになった。
その魚は、わたしと同じくらいの大きさだったのだ。
川の中で出会う魚といえば、小さくて、すばしっこいものばかりだと思っていた。
けれど目の前の魚は、堂々としていて、まるでこの川の主のようだった。
魚はしばらくこちらを見つめると、ゆっくりと円を描くように泳いだ。
まるで「ここは君の知らない世界だよ」とでも言うように。
わたしは少しだけ怖くなったけれど、それ以上に――
その美しさに、目を奪われていた。
水の中には、まだまだ知らない景色がある。
知らない生き物がいる。
そして、知らない出会いがある。
やがて魚は、すっと流れの奥へ消えていった。
その姿を見送りながら、わたしは静かに思った。
「また来よう」
水槽の中も安心できる場所だけど、
この川には、わたしの知らない“物語”が流れている。
今日のことは、きっと飼い主には内緒のまま。
だけど、心の中にはしっかり残っている。
あの、きらきらと輝く魚との出会いを。
ここまで読んでくれて、ありがとうございます
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