ある日の夕方、
男の子はいつもの道を歩いていました。
学校から帰る途中にある用水路は、
いつもなら水がゆっくり流れていて、
小さな魚や水草が見える場所でした。
けれど、その日は少し様子が違っていました。
用水路の水が、
いつもよりずっと少なくなっていたのです。
底の泥が見えていて、
石も、沈んでいた草も、
いつもよりはっきり見えました。
男の子は、
「水、少ないな」
と思いながら、用水路の横を歩きました。
すると、ふと、
水の中で大きな影が動きました。
最初は、石かと思いました。
でも、よく見ると、
それは大きな魚でした。
用水路の中にいるとは思えないほど、
立派な魚でした。
普段なら、深い水の中や、
水草の陰に隠れていたのかもしれません。
でも、その日は水が少なくて、
大きな魚はどこにも隠れることができませんでした。
浅くなった水の中で、
体をゆっくり動かしながら、
じっとしているように見えました。
男の子は、しばらくその魚を見つめました。
魚もまた、
男の子に気づいているようでした。
逃げたいのか、
じっとしていたいのか、
わからないような動きでした。
男の子は、少し胸が苦しくなりました。
大きな魚なのに、
今はとても弱く見えたからです。
水の中にいる魚は、
本当なら自由に泳げるはずなのに、
水が少なくなるだけで、
こんなにも行き場をなくしてしまうのだと思いました。
男の子は、しゃがみこんで、
そっと魚を見ました。
魚の背中は、
夕方の光を少しだけ受けて、
鈍く光っていました。
その光は、
強そうにも見えたし、
寂しそうにも見えました。
男の子は、何もできませんでした。
手を伸ばせば届きそうでしたが、
触ってしまうのは違う気がしました。
魚には魚の世界があって、
男の子には男の子の世界がある。
でも、そのときだけは、
水の少ない用水路をはさんで、
二つの世界が近づいているようでした。
男の子は、小さな声で言いました。
「水、戻るといいな」
魚は何も答えませんでした。
ただ、ゆっくり尾びれを動かして、
浅い水の中に小さな波を作りました。
その波は、
用水路の壁に当たって、
すぐに消えてしまいました。
けれど男の子には、
魚が返事をしてくれたように思えました。
家に帰ってからも、
男の子は大きな魚のことを思い出していました。
あの魚は、
明日もあそこにいるのだろうか。
水は、また増えるのだろうか。
それとも、どこか深い場所へ、
泳いでいけるのだろうか。
男の子にはわかりませんでした。
ただ、あの日見た大きな魚の姿は、
なかなか忘れられませんでした。
水が少なくなった用水路で、
隠れる場所を失っていた大きな魚。
それは、ただの魚の話のようで、
どこか、ひとりぼっちで立っている誰かの姿にも見えました。
男の子は次の日も、
同じ道を歩くことにしました。
もう一度、あの魚に会えるかどうかは、
わかりません。
でも、もし会えたなら、
また静かに見守ってあげたいと思ったのです。
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