山の奥へ、奥へと進んでいくと、もう人の気配はほとんど消えてしまう。
細い獣道を抜けた先に、小さな神社がある。
鳥居は少し傾き、赤い色もところどころ剥がれている。
石段には落ち葉が積もり、誰かが掃いた気配もない。
けれど、不思議と荒れている感じはなかった。
静かで、ただ静かで、誰かに忘れられたまま、時間だけがゆっくり流れているような場所だった。
その神社には、キツネの親子が住んでいる。
親ギツネは白に近い淡い毛並みで、目はとても静かだった。
子ギツネはまだ小さく、ふわふわとした尻尾を揺らしながら、神社の中をちょこちょこと歩き回る。
「ねえ、おかあさん」
子ギツネが、古い社の前で立ち止まる。
「ここ、なんでこんなに静かなの?」
親ギツネは少しだけ空を見上げてから、やわらかく答えた。
「むかしはね、人がたくさん来ていたのよ」
「お願いごとをしたり、お礼を言いに来たり」
「ここは、そういう場所だったの」
子ギツネは首をかしげる。
「じゃあ、なんで来なくなったの?」
風が、すっと吹いた。
鳥居の向こうで、木々が小さく揺れる。
「みんな、忙しくなったのかもしれないね」
親ギツネは少しだけ笑った。
「遠くのほうが、明るくて、にぎやかで」
「ここのことを、思い出す時間がなくなったのかもしれない」
子ギツネはしばらく考えてから、小さく言った。
「でも、ここ、いい場所なのにね」
その言葉に、親ギツネはゆっくりとうなずく。
「そうだね」
「だから、私たちがここにいるのよ」
「忘れられても、なくならないように」
夕方になると、神社はやわらかな光に包まれる。
誰もいないはずの境内に、ほんの少しだけ、あたたかさが残る。
子ギツネは石段の上に座り、遠くの空を見ている。
親ギツネはその隣で、静かに目を細める。
人は来なくなった。
願いの声も、鈴の音も、もう聞こえない。
それでも、その場所は消えなかった。
誰にも見られていなくても、
誰にも思い出されなくても、
静かに、そこに在り続けている。
そして今日も、キツネの親子はその神社で暮らしている。
まるで、誰かの記憶の続きを、そっと守るように。
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