2026年4月17日金曜日

キツネの親子の話

キツネの親子

山の奥へ、奥へと進んでいくと、もう人の気配はほとんど消えてしまう。
細い獣道を抜けた先に、小さな神社がある。

鳥居は少し傾き、赤い色もところどころ剥がれている。
石段には落ち葉が積もり、誰かが掃いた気配もない。

けれど、不思議と荒れている感じはなかった。
静かで、ただ静かで、誰かに忘れられたまま、時間だけがゆっくり流れているような場所だった。

その神社には、キツネの親子が住んでいる。

親ギツネは白に近い淡い毛並みで、目はとても静かだった。
子ギツネはまだ小さく、ふわふわとした尻尾を揺らしながら、神社の中をちょこちょこと歩き回る。

「ねえ、おかあさん」
子ギツネが、古い社の前で立ち止まる。

「ここ、なんでこんなに静かなの?」

親ギツネは少しだけ空を見上げてから、やわらかく答えた。

「むかしはね、人がたくさん来ていたのよ」

「お願いごとをしたり、お礼を言いに来たり」
「ここは、そういう場所だったの」

子ギツネは首をかしげる。

「じゃあ、なんで来なくなったの?」

風が、すっと吹いた。
鳥居の向こうで、木々が小さく揺れる。

「みんな、忙しくなったのかもしれないね」
親ギツネは少しだけ笑った。

「遠くのほうが、明るくて、にぎやかで」
「ここのことを、思い出す時間がなくなったのかもしれない」

子ギツネはしばらく考えてから、小さく言った。

「でも、ここ、いい場所なのにね」

その言葉に、親ギツネはゆっくりとうなずく。

「そうだね」
「だから、私たちがここにいるのよ」

「忘れられても、なくならないように」

夕方になると、神社はやわらかな光に包まれる。
誰もいないはずの境内に、ほんの少しだけ、あたたかさが残る。

子ギツネは石段の上に座り、遠くの空を見ている。
親ギツネはその隣で、静かに目を細める。

人は来なくなった。
願いの声も、鈴の音も、もう聞こえない。

それでも、その場所は消えなかった。

誰にも見られていなくても、
誰にも思い出されなくても、

静かに、そこに在り続けている。

そして今日も、キツネの親子はその神社で暮らしている。
まるで、誰かの記憶の続きを、そっと守るように。

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