男の子は、
学校からの帰り道、
いつもより少しだけゆっくり歩いていました。
空はまだ明るくて、
道の端には、
小さな影がいくつも伸びていました。
ランドセルの肩ひもを少し直しながら、
男の子が細い道に入ったとき、
道端のブロック塀の下に、
一匹の猫が座っていました。
白と茶色の混じった猫でした。
猫は逃げるわけでもなく、
近づいてくるわけでもなく、
ただじっと男の子を見ていました。
男の子も、
その猫を見つめました。
「こんにちは」
男の子は小さな声で言いました。
もちろん、猫は返事をしません。
けれど、
少しだけ目を細めたように見えました。
男の子は、それがなんだか返事のような気がして、
その場にしゃがみこみました。
猫との距離は、
手を伸ばしても届かないくらいでした。
でも、それでよかったのです。
無理に近づいたら、
きっと猫はどこかへ行ってしまう。
だから男の子は、
ただ静かにそこにいました。
猫もまた、
静かにそこにいました。
風が少し吹いて、
猫のひげがかすかに揺れました。
近くの家から、
夕ごはんの匂いがしてきました。
遠くで自転車のベルが鳴って、
誰かの話し声が通りすぎていきました。
それでも、
男の子と猫の間だけは、
少し時間が止まっているようでした。
男の子は、
猫に何かを話そうと思いました。
でも、何を話せばいいのか、
よくわかりませんでした。
だから、ただこう言いました。
「今日は、ちょっとつかれた」
猫は、
やっぱり返事をしませんでした。
でも、逃げませんでした。
男の子には、
それだけで十分でした。
誰かが何かを言ってくれなくても、
ただそばにいるだけで、
少し気持ちが軽くなることがあります。
その猫は、
男の子を励ましたわけではありません。
なぐさめたわけでもありません。
けれど、
そこにいてくれました。
しばらくすると、
猫はゆっくり立ち上がりました。
そして、男の子の方を一度だけ見て、
細い路地の奥へ歩いていきました。
男の子は、
その後ろ姿を見送りました。
「またね」
今度も、猫は返事をしませんでした。
でも、しっぽが少しだけ揺れました。
男の子は立ち上がり、
家に向かって歩き出しました。
さっきまで少し重たかったランドセルが、
ほんの少しだけ軽くなったような気がしました。
道端で猫に会っただけの、
小さな出来事でした。
けれど男の子には、
その日の夕方が、
少しだけ特別なものに思えたのでした。
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