山あいの小さな田舎道を歩いていると、
ときどき時間がゆっくり流れているように感じる場所があります。
古びたバス停も、そんな場所のひとつでした。
屋根のついた小さな待合所。
木のベンチは少し色あせていて、
時刻表の文字も雨風にさらされてうすくなっています。
人が来ることなんて、きっとそう多くはないのでしょう。
その日、空は朝からどんよりしていて、
しばらくすると細かな雨が静かに降り始めました。
強い雨ではなく、音もあまりしない、
しっとりと地面をぬらしていくような雨でした。
そんな雨の中、その小さなバス停に、鹿の親子がいました。
母鹿が先に屋根の下へ入り、そのあとを追うように、
まだ体の小さな子鹿がちょこんと隣に並びます。
まるで最初からそこが自分たちの場所だったみたいに、
ふたりは自然に雨宿りをしていました。
母鹿は外の様子を気にするように、ときどき静かに顔を上げます。
子鹿はそんな母鹿のそばにぴったり寄り添って、安心したようにじっとしていました。
雨のにおいと、濡れた土の空気と、遠くで聞こえる川の音。
その全部を、ふたりはただ静かに聞いているようでした。
人のために作られたはずのバス停なのに、
その日だけは鹿の親子のための小さな休憩所に見えました。
急がなくていいよ、と言ってくれているような、やさしい屋根。
雨がやむまで、ここで少し休んでいきなさいと、
田舎の風景そのものがふたりを包んでいるようでした。
子鹿はときどき雨の外を不思議そうに見つめます。
屋根の端からぽたぽた落ちるしずくを、
じっと目で追っている姿がなんとも愛らしくて、
見ているこちらまで気持ちがゆるんできます。
母鹿はそんな子どもの様子を知っているのか、
知らないのか、ただ静かに隣に立っていました。
その落ち着いた姿が、いかにも母親らしくて、
なんだか胸があたたかくなります。
雨の日は、少しさみしい気持ちになることがあります。
けれど、こんなふうに寄り添いながら雨をやりすごす姿を見ると、
雨の日も悪くないと思えてきます。
にぎやかではないけれど、たしかにそこにあるぬくもり。
静かな風景の中に、ちゃんと物語はあるのだなと思いました。
いつか本当に、田舎のどこかのバス停で、
こんな鹿の親子に出会えたらいいなと思います。
何も話さなくても、ただその場にいるだけで心がやわらかくなるような、
そんな時間です。
雨は少しずつ弱くなっていきます。
そしてまた、鹿の親子はゆっくり森のほうへ帰っていくのでしょう。
小さなバス停には、しずくの音だけが残って、
さっきまでそこにいたぬくもりの気配だけが、
静かに漂っているのです。
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ここまで読んでくれて、ありがとうございます。
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