2026年4月1日水曜日
男の子が見た夢シリーズ ⑩ 夢から覚めて飼っているカメにエサをあげる話
長い夢から、ふっと浮かび上がるように目が覚めた。
天井はいつものままなのに、どこか少しだけ遠く感じる。
さっきまで確かにそこにいたはずの世界。
ホログラムのようなAI美女と交わした言葉。
そして、小さくて優しいちびっこ龍。
「……あ」
男の子は思い出す。
まだ、お礼を言っていない。
あの龍に、ちゃんと「ありがとう」を。
でも、もう戻れない。
夢の扉は、静かに閉じられてしまっていた。
あれだけ長い時間を過ごした気がするのに、
現実の世界はどうなっているのだろう。
少し不安になって、男の子はスマホを手に取る。
画面に表示された時間は、
いつもより少し遅いくらいの朝だった。
「……なんだ」
ほんの少しだけ、安心する。
夢の中だけが、あんなにも長かったのだ。
そのとき、ふと頭に浮かぶ。
「あ、カメにエサあげないと」
男の子はベッドから起き上がり、顔を洗う。
冷たい水が、現実に戻ってきたことを優しく教えてくれる。
そして、水槽の前へ。
ガラス越しに、じっとこちらを見ているカメ。
まるで「遅いよ」とでも言っているようだ。
男の子は、小さなエビのおやつを取り出して見せる。
その瞬間。
カメはゆっくりと、でも確実に動き出す。
いつもの光景。
いつもの時間。
男の子は少しだけ笑った。
まずはエビのおやつ。
それから、いつものカメのエサ。
その順番は、変わらない。
エサをあげながら、男の子はまた夢のことを思い出していた。
あの光。
あの声。
あの不思議な空気。
「……また、忘れるのかな」
夢はいつもそうだ。
大切なものほど、ゆっくりと消えていく。
でも今回は、少しだけ違う気がした。
消えてしまう前に、
少しでも残しておきたい。
男の子は思う。
「ちょっとだけ、メモしておこうかな」
全部じゃなくていい。
ほんの少しでいい。
あのAI美女が言っていたこと。
自分が感じたこと。
それが、いつか何かになる気がした。
カメは満足そうに、ゆっくりと水の中を漂っている。
現実は、静かで、やさしい。
そして男の子は、
夢と現実のあいだに、小さな橋をかけるように、
そっとスマホのメモを開いた。
消えてしまう前に、
ほんの少しだけ、未来へ残すために。
そんな朝だった。
男の子が見た夢シリーズ おわり
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