2026年4月8日水曜日
バスケをする少年の話
体育館の扉を開けた瞬間、ひんやりとした空気が頬に触れた。
まだ誰もいない空間は、まるで時間が止まっているみたいに静かだった。
大きな窓から差し込む朝の光が、床にまっすぐな道を描いている。
その光の中に、一歩踏み出す。
キュッ、とバッシュの音が響いた。
それだけで、自分がここにいることを確かめるみたいだった。
ボールを軽くつく。
ドン、ドン、と規則的な音が体育館に広がる。
昨日はうまくいかなかった動きが、頭の中で何度も再生される。
「もう一回」
誰に言うでもなく、口の中で小さくつぶやく。
腰を落として、低くドリブル。
右、左、切り返し。
ほんの少しだけ、昨日よりスムーズに身体が動いた気がした。
そのまま一気に前へ踏み込む。
誰もいないはずなのに、目の前には見えない相手がいる気がする。
抜く。
そのイメージだけを頼りに、一歩強く踏み出した。
シュート。
放たれたボールは、朝の光の中をゆっくりと進んでいく。
時間が少しだけ伸びたような感覚。
――コンッ。
リングに当たって、わずかに跳ねる。
「……あ」
思わず声が漏れた、その次の瞬間。
シュッ、と静かな音を立てて、ボールはネットを通り抜けた。
彼はその場に立ったまま、少しだけ息を吐く。
誰も見ていない。
誰にも褒められない。
それでも、確かに今の一本は、自分の中に残る。
窓からの光は、少しずつ角度を変えていく。
外の世界が動き始めている証拠だった。
「もう一本」
今度は、さっきよりも少しだけ強く言った。
静かな体育館に、またドリブルの音が響き始める。
その繰り返しの先に、何があるのかはまだわからない。
でも、ここから始まっていることだけは、はっきりしていた。
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