2026年5月21日木曜日
黒猫と麦わら帽子
夏のはじまりの午後、
窓ぎわに一つの麦わら帽子が置いてありました。
それは、朝の散歩から帰ってきた誰かが、
そのまま椅子の上に置き忘れた帽子でした。
帽子には、まだ少しだけ外の匂いが残っていました。
乾いた草の匂い。
日なたの道の匂い。
遠くで鳴いていた蝉の声まで、
そこに少しだけ編み込まれているようでした。
黒猫は、音もなく部屋に入ってきました。
そして、その麦わら帽子の前で足を止めました。
帽子をじっと見つめ、
鼻先を近づけて、
くん、と小さく匂いをかぎました。
それから、まるで大切な宝物を見つけたみたいに、
帽子のそばに丸くなりました。
窓の外では、
白い雲がゆっくり流れていました。
風がカーテンを少しだけ揺らし、
部屋の中にやわらかな光が入ってきます。
麦わら帽子の影が、
床の上に小さな輪を作っていました。
黒猫はその影の中に前足を入れて、
目を細めました。
もしかすると黒猫は、
その帽子がどこへ行ってきたのかを、
想像していたのかもしれません。
青い空の下。
ひまわりの咲く道。
草むらを抜ける風。
遠くの坂道。
人間にはただの麦わら帽子でも、
黒猫にとっては、
外の世界を連れて帰ってきた不思議なものに見えたのでしょう。
しばらくすると、
黒猫はそっと顔を帽子のふちに乗せました。
麦わらの感触が気持ちよかったのか、
ひげを少し動かして、
そのまま眠ってしまいました。
帽子は何も言いません。
黒猫も何も言いません。
ただ、夏の光だけが、
二つを静かに包んでいました。
忘れられた麦わら帽子と、
それを見つけた黒猫。
その小さな出会いは、
誰にも知られないまま、
午後の部屋の中で、
やさしい物語になっていました。
ここまで読んでくれて、ありがとうございます
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