2026年5月6日水曜日

黒猫とクルメツツジ

黒猫とクルメツツジ

庭のすみで、クルメツツジが咲いていました。

小さな花が、ぎゅっと寄り添うように集まって、
赤や桃色の灯りみたいに、春の空気を少しだけ明るくしていました。

その花の前に、黒猫が一匹、ちょこんと座っていました。

黒猫は鳴きませんでした。
花に近づきすぎることもなく、ただじっと、クルメツツジを見つめていました。

まるで、花の中にしまわれた小さな秘密を聞いているみたいでした。

風が吹くと、クルメツツジの花がほんの少し揺れました。

黒猫のひげも、同じように少しだけ揺れました。

それだけのことなのに、庭の時間はゆっくりになりました。

誰かが急いで通りすぎたら、きっと気づかないような景色でした。

でも黒猫は、ちゃんと見つけていました。

春の終わりに咲く花の色。
土のにおい。
葉っぱの影。
まだ少しだけ冷たさを残した風。

黒猫は、それらを全部、まるで本を読むみたいに眺めていました。

ページをめくる音はありません。
文字もありません。

それでも、そこには一つの物語がありました。

クルメツツジは、何も言わずに咲いています。

黒猫も、何も言わずに座っています。

けれど、その静けさの中には、にぎやかな言葉よりもやさしいものがありました。

しばらくすると、黒猫はゆっくりと立ち上がりました。

そして、クルメツツジの横をすり抜けるように歩いていきました。

花には触れず、振り返りもせず、でもどこか満足そうに。

庭には、また静かな時間が戻りました。

クルメツツジは変わらず咲いています。

さっきまで黒猫がいた場所には、小さな余韻だけが残っていました。

たぶん、黒猫は知っていたのだと思います。

きれいなものは、手に入れなくてもいい。

ただそばで見つめるだけで、心に残ることがあるのだと。

黒猫とクルメツツジ。

それは、春の庭にそっと置かれた、小さな本のような時間でした。


ここまで読んでくれて、ありがとうございます

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