庭のすみで、クルメツツジが咲いていました。
小さな花が、ぎゅっと寄り添うように集まって、
赤や桃色の灯りみたいに、春の空気を少しだけ明るくしていました。
その花の前に、黒猫が一匹、ちょこんと座っていました。
黒猫は鳴きませんでした。
花に近づきすぎることもなく、ただじっと、クルメツツジを見つめていました。
まるで、花の中にしまわれた小さな秘密を聞いているみたいでした。
風が吹くと、クルメツツジの花がほんの少し揺れました。
黒猫のひげも、同じように少しだけ揺れました。
それだけのことなのに、庭の時間はゆっくりになりました。
誰かが急いで通りすぎたら、きっと気づかないような景色でした。
でも黒猫は、ちゃんと見つけていました。
春の終わりに咲く花の色。
土のにおい。
葉っぱの影。
まだ少しだけ冷たさを残した風。
黒猫は、それらを全部、まるで本を読むみたいに眺めていました。
ページをめくる音はありません。
文字もありません。
それでも、そこには一つの物語がありました。
クルメツツジは、何も言わずに咲いています。
黒猫も、何も言わずに座っています。
けれど、その静けさの中には、にぎやかな言葉よりもやさしいものがありました。
しばらくすると、黒猫はゆっくりと立ち上がりました。
そして、クルメツツジの横をすり抜けるように歩いていきました。
花には触れず、振り返りもせず、でもどこか満足そうに。
庭には、また静かな時間が戻りました。
クルメツツジは変わらず咲いています。
さっきまで黒猫がいた場所には、小さな余韻だけが残っていました。
たぶん、黒猫は知っていたのだと思います。
きれいなものは、手に入れなくてもいい。
ただそばで見つめるだけで、心に残ることがあるのだと。
黒猫とクルメツツジ。
それは、春の庭にそっと置かれた、小さな本のような時間でした。
ここまで読んでくれて、ありがとうございます
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