2026年5月11日月曜日

黒猫と商店街

黒猫と商店街

夕方の商店街は、少しだけ眠たそうな顔をしていた。

八百屋さんの前には、売れ残ったみかんが並び、魚屋さんのシャッターは半分だけ下りている。

そのすき間を、黒猫が一匹、静かに歩いていた。

黒猫は急がない。

まるで、この商店街の時間を全部知っているように、ゆっくりと石畳の上を進んでいく。

コロッケ屋さんの前を通ると、油のにおいがふわりと鼻をくすぐった。

店のおばあさんが、黒猫に気づいて小さく笑った。

「今日も来たんか」

黒猫は返事をしない。

けれど、しっぽを少しだけ揺らした。

昔はもっと人が多かった商店街。

子どもたちの声が響いて、夕方になると買い物袋を持った人たちが行き交っていた。

今は少し静かになった。

閉まった店もある。

色あせた看板もある。

それでも、どこかあたたかい。

黒猫は、それを知っているのかもしれない。

パン屋さんの前で立ち止まり、ガラス越しに残った食パンを眺める。

文房具屋さんの前では、古いノートのにおいをかぐように鼻を近づける。

誰かの暮らしが、まだここに残っている。

誰かの思い出が、シャッターの奥で静かに息をしている。

黒猫は商店街の端まで歩くと、振り返った。

夕焼けがアーケードの屋根を赤く染めていた。

その光の中で、商店街は少しだけ昔に戻ったように見えた。

黒猫は小さく目を細める。

そしてまた、何も言わずに路地の奥へ消えていった。

明日もきっと、黒猫はこの商店街を歩く。

誰かに呼ばれるわけでもなく、何かを探しているわけでもなく。

ただ、ここに残っているぬくもりを、確かめるように。


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