夕方になると、
町の屋根は少しだけ静かになります。
昼間は人の声や車の音でいっぱいだった通りも、
日が傾くころには、
どこか遠くの物語みたいに見えてきます。
その屋根の上を、
一匹の黒猫が歩いていました。
瓦の上を、
とてもゆっくり、
音を立てないように。
黒猫は急いでいるようには見えません。
どこかへ行く途中なのか、
ただ夕焼けを見に来ただけなのか、
それは誰にもわかりません。
屋根の上から見る町は、
地面から見る町とは少し違います。
洗濯物が風に揺れていて、
小さな窓に明かりがともり、
どこかの家から晩ごはんの匂いがしてきます。
黒猫は、
そういう暮らしの気配を、
黙って見下ろしていました。
人はそれぞれの家へ帰り、
一日を終わらせていきます。
けれど黒猫には、
決まった帰り道があるのかどうかもわかりません。
それでも、
屋根の上にいる黒猫は、
少しも寂しそうには見えませんでした。
夕焼けの光を背中に受けて、
まるで町の一番高いところで、
今日という日を見守っているようでした。
屋根は、
家を守るためにあります。
雨の日も、
風の日も、
強い日差しの日も、
そこに住む人たちを静かに守っています。
黒猫はきっと、
そのことを知っているのかもしれません。
だから屋根の上を歩くとき、
少しだけ丁寧に、
少しだけやさしく足を置くのです。
やがて空の色が、
橙から紫へ変わっていきました。
黒猫は一度だけ立ち止まり、
町の向こうを見つめました。
そこには特別なものはありません。
ただ、
いつもの町があり、
いつもの家々があり、
いつもの夜が近づいているだけです。
でも、その何でもない景色が、
黒猫のいる屋根の上から見ると、
少しだけ大切なものに見えました。
黒猫はまた、
ゆっくりと歩き出します。
どこへ行くのかは、
やっぱり誰にもわかりません。
けれどその小さな背中は、
今日も町の上を静かに渡っていきます。
まるで、
誰かの一日が無事に終わるのを、
そっと確かめるように。
ここまで読んでくれて、ありがとうございます
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