田中さんは、長年仕事一筋で生きてきた。
毎日、朝から晩まで働き、休む暇もなく日々が過ぎていく。
家に帰れば、テレビの音が響くばかりで、静かな部屋にひとり。
どこかで、心の中にぽっかりと穴が空いているような感覚を抱えながら過ごしていた。
でも、そんな日常がずっと続くものだと思っていた。
ある日、田中さんはふと、近くの山に登ってみようと思い立った。
普段は全く興味がなかったのに、突然の思いつきだった。
山道を歩きながら、少しずつ疲れを感じてきた頃、
ふと立ち止まって、ふんわりとした温かな空気に包まれた。
その瞬間、目の前に一人の女性が現れた。
彼女は、まるで自然の一部のように、その場に溶け込んでいる。
白いドレスをまとい、長い髪が風に揺れていた。
その目には、どこか穏やかで、優しい光が宿っている。
「あなたは…?」
田中さんは驚き、思わず声をかけた。
女性は、微笑みながらゆっくりと歩み寄ると、
優しく答えた。
「私は、あなたの心が疲れた時に現れる者です。」
田中さんはその言葉を聞いて、しばらく黙っていた。
心のどこかで、なにか温かなものが広がるのを感じた。
「あなたが見えたのは、私が少しだけ休む時間を持つべきだと思ったから。」
女性はゆっくりと微笑んだ。
「休む時間?」
田中さんは首をかしげた。
「そう。あなたはずっと、働くことばかりに囚われてきました。」
「でも、心はその疲れを受け止めるために、少しの休息を必要としているのです。」
田中さんは、ふとその言葉が心に染み込むのを感じた。
長年、仕事に追われて過ごしてきたが、
その中で心のゆとりを忘れていたことに気づいた。
「あなたの心は、もっと穏やかで、温かいものを求めている。」
「それを見つけるために、少しだけ立ち止まり、目を閉じてみてください。」
その瞬間、田中さんは目を閉じて深呼吸をした。
新鮮な空気が胸いっぱいに広がり、体の奥からじんわりと温かいものが流れ込むような感覚がした。
心の中に、静かな場所が広がっていく。
目を開けると、女性は静かに微笑みながら、また歩き始めた。
「心の中にある静けさを大切に。あなたのペースで歩んでいけば、必ず幸せが見つかる。」
そう言い残すと、女性はすぐに霞のように消えていった。
田中さんは、その場にしばらく立ち尽くしていた。
突然現れた女性と過ごした時間が、あまりにも温かく、
そして心に深く刻まれた。
「ゆっくりと、焦らずに。」
その言葉が、田中さんの心の中にずっと響き続けた。
帰り道、田中さんは自然と足取りが軽くなり、
心の中に穏やかな感覚が広がっていくのを感じた。
これからは、少しずつでも心の休息を大切にしていこう。
そう思いながら、田中さんは山を後にした。
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