佐々木さんは、仕事を引退してからのんびりとした夜を過ごすのが楽しみだった。
冷蔵庫から缶ビールを取り出し、少し温めたおつまみ用のスルメイカを用意する。
香ばしい匂いが部屋に広がると、思わず鼻の奥がくすぐったくなる。
「よし、今夜はじっくり楽しむか」と、佐々木さんは小さなグラスにビールを注いだ。
スルメイカをちぎって口に運ぶ。噛むほどに香ばしい味が広がり、
あの昔の居酒屋で飲んでいた夜をふと思い出す。
「くぅ…やっぱりスルメは最高だな」と、ひとりごとをつぶやき、
少しだけ背筋を伸ばしてビールをあおる。
目の前には、ちょっと焦げ目のついたスルメが、まるで自分に「さあ楽しめ」と笑っているようだ。
噛むたびに、スルメがちょっと暴れ出す。
「おいおい、そんなに跳ねなくてもいいって」と笑いながら、佐々木さんは軽く火に炙る。
部屋の中には、スルメの香ばしい匂いと、自分の笑い声だけが静かに響く。
しばらくすると、ほろ酔いの気分で、佐々木さんは思う。
「人生って、こういう小さな幸せで十分なんだよな」
仕事のことも、肩の力も、今日だけは忘れていい。
目の前のスルメイカとビールが、何も語らずに優しく心を満たしてくれる。
最後の一口を噛みながら、佐々木さんはにやりと笑った。
「お前、今日もいい味してるな」
スルメイカは答えない。でも、それがまた心地よい。
静かな夜、ちょっと笑えて、ほろ酔いの温かさが、胸の奥まで染み渡る。
そして今日も、佐々木さんは小さな幸せを噛みしめる。
スルメイカとビール、部屋の明かりと自分の笑い声だけが、
何よりも贅沢で、心をほっと癒してくれるのだった。
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