2026年7月6日月曜日

黒猫とセミ

黒猫とセミ

夏の朝、窓の外でセミが鳴いていました。

まだ部屋の中には夜の涼しさが少しだけ残っていて、カーテンのすきまから細い光が床に落ちていました。

黒猫はその光の上に前足をそろえて座り、じっと耳を動かしていました。

ミーン、ミーン。

外から聞こえる声は、昨日よりも大きく、今日の暑さを知らせるようでした。

黒猫は最初、少し迷惑そうに目を細めました。

静かな朝が好きな黒猫にとって、セミの声は少し元気すぎるのです。

けれど、しばらく聞いているうちに、その声がただうるさいだけではないことに気づきました。

長い土の中の時間を越えて、ようやく空の下へ出てきた小さな命が、今を鳴いている。

そう思うと、黒猫は窓辺から離れられなくなりました。

庭の木には、一匹のセミがとまっていました。

大きな声で鳴いているのに、その体はとても小さく、夏の光の中で少し頼りなく見えました。

黒猫は網戸の向こうから、そのセミを見つめました。

もし外へ出られたなら、追いかけてしまうかもしれません。

けれど今日は、不思議と手を出したい気持ちにはなりませんでした。

ただ、そこにいるもの同士として、同じ朝を分け合っているような気がしたのです。

セミは短い夏を鳴き、黒猫は静かな部屋でその声を聞く。

どちらも、自分の時間を生きていました。

昼に近づくにつれて、部屋は少しずつ暑くなっていきました。

黒猫は畳の上に寝そべり、しっぽだけをゆっくり動かしました。

それでも耳は、まだ外の声を追っていました。

セミの声は、遠くなったり、近くなったりしながら、夏の空気に溶けていきます。

人間には同じように聞こえる鳴き声も、黒猫には少しずつ違って聞こえていたのかもしれません。

急いでいる声。

強がっている声。

空に向かって、自分がここにいると伝えている声。

黒猫は目を閉じました。

夢の中で、庭の木は大きな森になっていました。

セミの声は風のように広がり、黒猫は木陰をゆっくり歩いていました。

暑いけれど、いやな暑さではありません。

夏だけが持っている、少し寂しくて、少し懐かしい暑さでした。

夕方になると、セミの声は少し弱くなりました。

空の色がやわらかく変わり、庭の木の影が長く伸びていきます。

黒猫はもう一度、窓辺に戻りました。

朝と同じ場所に、セミはまだいました。

けれど鳴き声は、少し静かになっていました。

黒猫は何も言いません。

ただ、まばたきをひとつしました。

それは、さよならのようにも、また明日と言っているようにも見えました。

夏は長いようで、いつもあっという間に過ぎていきます。

セミの声も、いつか聞こえなくなります。

けれど黒猫は、きっと覚えているでしょう。

あの暑い朝、窓の向こうで小さなセミが一生懸命鳴いていたこと。

そして自分が、その声を静かに聞いていたことを。

黒猫とセミの夏は、誰にも知られないまま、部屋の窓辺にそっと残っていました。


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