2026年6月27日土曜日

黒猫と蛇口

黒猫と蛇口

朝の台所に、細い光が差しこんでいました。

窓の外では、まだ町が少しだけ眠たそうで、遠くを走る車の音も、いつもよりやわらかく聞こえます。

流し台のそばには、黒猫が一匹座っていました。

黒猫は何かを待っているように、じっと蛇口を見つめています。

銀色の蛇口の先には、小さな水の粒がひとつ残っていました。

ぽたり、と落ちそうで落ちない水の粒。

黒猫は首を少しかしげて、その小さな光を見ていました。

水の粒には、台所の白い壁も、朝の光も、黒猫の丸い顔も、ぼんやり映っています。

やがて水の粒は、ぽとん、と静かに流しへ落ちました。

その音に黒猫は少しだけ目を大きくしました。

けれど驚いたのはほんの一瞬で、またすぐに蛇口を見上げます。

まるで、次の一滴を待っているようでした。

人間にとっては、ただの蛇口です。

毎日手を洗い、食器を洗い、水を出すための、見慣れた道具です。

けれど黒猫にとって、その蛇口は小さな不思議の入口なのかもしれません。

光る水の粒。

急に落ちる音。

何もないところから現れる、透明なもの。

黒猫は前足をそっと伸ばし、蛇口の下の水滴に触れました。

冷たかったのでしょう。

すぐに前足を引っこめて、少しだけ不満そうな顔をしました。

それでも、そこから離れようとはしません。

黒猫はまた座りなおし、しっぽを足元に巻きつけて、静かに蛇口を見つめました。

朝の台所には、特別な事件などありません。

大きな物語も、派手な出来事も起きません。

ただ、蛇口から落ちる小さな水の音と、それを見つめる黒猫がいるだけです。

でも、そんな何でもない時間の中に、なぜか心が少し落ち着く瞬間があります。

黒猫が見ているものを、こちらも一緒に見ていると、いつもの台所が少しだけ違って見えてきます。

水の粒は小さな宝石のようで、蛇口は朝の光を受けて静かに輝いています。

何気ない場所にも、不思議はちゃんと隠れているのだと思いました。

黒猫は最後に、流し台のふちから軽く飛び降りました。

そして何事もなかったように、部屋の奥へ歩いていきます。

残された蛇口からは、もう水の音はしません。

けれどその静けさの中に、さっきまで黒猫が見つめていた小さな世界の余韻だけが、少し残っているようでした。

今日もきっと、どこかの家の蛇口の前で、黒猫は小さな不思議を見つけているのかもしれません。


ここまで読んでくれて、ありがとうございます

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