2026年6月5日金曜日
黒猫と花火
夜の空に、最初の花火が上がりました。
どん、と低い音がして、
窓ガラスがほんの少し震えました。
部屋のすみで丸くなっていた黒猫が、
ゆっくりと顔を上げます。
驚いたような顔ではなく、
「なんだろう」と確かめるような顔でした。
窓の外では、
赤や青や金色の光が、
夜の空にふわっと開いては消えていきます。
黒猫は窓辺まで歩いていき、
カーテンのすきまから外を見ました。
遠くの花火は、
音だけ少し大きくて、
光はとても静かでした。
人の声も、屋台のにぎわいも、
ここまでは届きません。
届くのは、
夜空に咲く光と、
少し遅れてやってくる音だけです。
黒猫の目に、
小さな花火の光が映りました。
金色の光が映ったかと思うと、
すぐに青くなり、
また暗い瞳に戻ります。
花火はきれいだけれど、
ずっと残るものではありません。
咲いたと思ったら消えて、
消えたと思ったら、
また別の光が空に開きます。
黒猫は、それを急かすこともなく、
ただ静かに見つめていました。
大きな音が鳴るたびに、
耳だけ少し動かします。
それでも逃げずに、
窓辺に座ったままです。
まるで、夏の夜にだけ見えるものを、
ちゃんと覚えておこうとしているみたいでした。
やがて花火の間隔が少しずつ長くなり、
夜空はまた、いつもの暗さに戻っていきました。
最後の一発が遠くで開き、
金色の光がゆっくり落ちていきます。
黒猫はしばらく外を見てから、
何も言わずに部屋へ戻りました。
そして、さっきまで眠っていた場所に、
また小さく丸くなります。
花火はもう見えません。
けれど部屋の中には、
ほんの少しだけ、
夏の夜の明るさが残っているようでした。
黒猫は目を閉じます。
遠くで鳴った最後の音が、
ゆっくりと消えていきました。
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