2026年7月10日金曜日

黒猫と鏡

黒猫と鏡

古い家の廊下に、小さな鏡が置かれていました。

木の枠には細かな傷があり、鏡の表面も少し曇っています。

黒猫は、その鏡の前で静かに足を止めました。

鏡の中には、自分とよく似た黒猫がいます。

右へ動けば右へ動き、首をかしげれば同じように首をかしげました。

黒猫は前足を少しだけ持ち上げ、鏡に触れてみます。

冷たい音が、小さく廊下に響きました。

向こう側の黒猫も、こちらへ前足を伸ばしています。

けれど、どれだけ見つめても近づいてはきません。

黒猫は鏡の後ろへ回りました。

そこにあったのは、古い木の板と薄いほこりだけでした。

もう一度、鏡の前へ戻ります。

鏡の中の黒猫も、少し不思議そうな顔で戻ってきました。

窓から入る午後の光が、鏡の中にも静かに差し込みます。

黒い毛並みの輪郭がやわらかく照らされ、二匹の猫が向かい合っているように見えました。

黒猫は、しばらく鏡の中の自分を見つめていました。

毎日見ているはずの姿なのに、鏡の中では少しだけ違って見えます。

少し眠そうで、少し寂しそうで、それでも穏やかな顔をしていました。

黒猫は鏡の前に座り、ゆっくりと目を閉じます。

鏡の中の黒猫も、同じように目を閉じました。

誰もいない静かな廊下で、二匹は並んで休んでいるようでした。

やがて黒猫が立ち上がると、鏡の中の黒猫も立ち上がります。

そして何事もなかったように、黒猫は廊下の奥へ歩いていきました。

古い鏡には、誰もいなくなった廊下と、やわらかな午後の光だけが残っていました。


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