窓辺に黒猫が座っていました。
午後の光はやわらかく、白いカーテンを少しだけ揺らしていました。
黒猫はいつものように、外の道を静かに見つめていました。
そこへ、一匹の犬が通りかかりました。
茶色い毛をした、少し大きな犬でした。
首輪についた小さな鈴が、歩くたびにかすかに鳴りました。
黒猫は、じっと犬を見つめました。
犬もまた、窓の中の黒猫に気づきました。
けれど、吠えることはありませんでした。
ただ立ち止まり、しっぽをゆっくり振りました。
黒猫は少しだけ耳を動かしました。
犬は一歩だけ近づきました。
黒猫は逃げませんでした。
窓ガラスをはさんで、黒猫と犬はしばらく向かい合っていました。
同じ言葉は持っていないのに、なぜか通じているような時間でした。
犬は外の世界を知っていました。
雨の日のにおいも、草むらの音も、遠くの川の風も知っていました。
黒猫は家の中の静けさを知っていました。
本の匂いも、古い畳のぬくもりも、眠る人のそばにある安心も知っていました。
ふたりは違う場所で生きていました。
けれど、その午後だけは、同じ光の中にいました。
黒猫が小さくまばたきをしました。
犬はそれを合図のように受け取ったのか、もう一度しっぽを振りました。
それから犬は、ゆっくりと道の向こうへ歩いていきました。
黒猫はその後ろ姿を、見えなくなるまで見送っていました。
部屋の中は、また静かになりました。
けれど、さっきまでとは少し違う静けさでした。
誰かと出会ったあとの、ほんの少しあたたかい静けさでした。
黒猫は窓辺で丸くなりました。
そして、外の道を歩いていく犬の足音を思い出しながら、ゆっくり目を閉じました。
黒猫と犬。
近づきすぎなくても、言葉がなくても、心に残る出会いはあります。
その日の午後、黒猫の夢の中には、きっと小さな鈴の音が鳴っていたのでしょう。
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