2026年7月9日木曜日

黒猫と犬

黒猫と犬

窓辺に黒猫が座っていました。

午後の光はやわらかく、白いカーテンを少しだけ揺らしていました。

黒猫はいつものように、外の道を静かに見つめていました。

そこへ、一匹の犬が通りかかりました。

茶色い毛をした、少し大きな犬でした。

首輪についた小さな鈴が、歩くたびにかすかに鳴りました。

黒猫は、じっと犬を見つめました。

犬もまた、窓の中の黒猫に気づきました。

けれど、吠えることはありませんでした。

ただ立ち止まり、しっぽをゆっくり振りました。

黒猫は少しだけ耳を動かしました。

犬は一歩だけ近づきました。

黒猫は逃げませんでした。

窓ガラスをはさんで、黒猫と犬はしばらく向かい合っていました。

同じ言葉は持っていないのに、なぜか通じているような時間でした。

犬は外の世界を知っていました。

雨の日のにおいも、草むらの音も、遠くの川の風も知っていました。

黒猫は家の中の静けさを知っていました。

本の匂いも、古い畳のぬくもりも、眠る人のそばにある安心も知っていました。

ふたりは違う場所で生きていました。

けれど、その午後だけは、同じ光の中にいました。

黒猫が小さくまばたきをしました。

犬はそれを合図のように受け取ったのか、もう一度しっぽを振りました。

それから犬は、ゆっくりと道の向こうへ歩いていきました。

黒猫はその後ろ姿を、見えなくなるまで見送っていました。

部屋の中は、また静かになりました。

けれど、さっきまでとは少し違う静けさでした。

誰かと出会ったあとの、ほんの少しあたたかい静けさでした。

黒猫は窓辺で丸くなりました。

そして、外の道を歩いていく犬の足音を思い出しながら、ゆっくり目を閉じました。

黒猫と犬。

近づきすぎなくても、言葉がなくても、心に残る出会いはあります。

その日の午後、黒猫の夢の中には、きっと小さな鈴の音が鳴っていたのでしょう。


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