2026年6月29日月曜日

黒猫とハイビスカス

黒猫とハイビスカス

夏の朝、窓辺に置いた小さな鉢に、赤いハイビスカスが咲いていました。

昨日まではまだ固いつぼみだったのに、夜のあいだにそっと目を覚ましたように、花びらを大きく広げていたのです。

その花の前に、黒猫が一匹座っていました。

黒猫は鳴くでもなく、手を伸ばすでもなく、ただじっとハイビスカスを見つめていました。

赤い花と黒い猫。

そのふたつが窓辺に並んでいるだけで、部屋の中に小さな物語が生まれたようでした。

ハイビスカスは、南の国の太陽を思わせる花です。

けれど、その朝のハイビスカスは派手ではなく、静かにそこに咲いていました。

夏の光を受けた花びらは少し透けて、赤の奥にやさしい橙色が混ざっているように見えました。

黒猫は、その色を不思議そうに眺めていました。

花の中に、小さな夕焼けでも隠れていると思ったのかもしれません。

風が吹くと、白いカーテンがふわりと揺れました。

ハイビスカスの花も少しだけ揺れて、黒猫のひげも同じように細く動きました。

まるで、花と猫が言葉のない会話をしているようでした。

黒猫は、そっと前足を持ち上げました。

でも花には触れませんでした。

壊してはいけないものだと分かっているように、少しだけ近づいて、また静かに座り直しました。

その姿を見ていると、きれいなものを大切にする気持ちは、人だけのものではないのかもしれないと思いました。

ハイビスカスは一日でしぼんでしまうこともある花です。

だからこそ、その日咲いている姿には、少しだけ特別な時間が流れているように感じます。

黒猫もそれを知っているようでした。

今日だけの赤。

今日だけの光。

今日だけの静かな窓辺。

その全部を忘れないように、黒猫は丸い瞳に映しているのかもしれません。

昼が近づくと、部屋の中は少しずつ明るくなっていきました。

ハイビスカスの赤はさらに深くなり、黒猫の毛並みにはやわらかな光の線が浮かびました。

何か大きな出来事が起きたわけではありません。

ただ、花が咲いて、猫がそれを見ていた。

それだけの朝でした。

けれど、そんな小さな景色の中に、本を一冊読み終えたあとのような余韻がありました。

黒猫とハイビスカス。

言葉を持たないふたつが並ぶ窓辺には、夏のはじまりのような静けさがありました。

そしてその静けさは、忙しい日々の中で忘れていた、きれいなものをただ眺める時間を思い出させてくれました。


ここまで読んでくれて、ありがとうございます

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