夏の朝、窓辺に置いた小さな鉢に、赤いハイビスカスが咲いていました。
昨日まではまだ固いつぼみだったのに、夜のあいだにそっと目を覚ましたように、花びらを大きく広げていたのです。
その花の前に、黒猫が一匹座っていました。
黒猫は鳴くでもなく、手を伸ばすでもなく、ただじっとハイビスカスを見つめていました。
赤い花と黒い猫。
そのふたつが窓辺に並んでいるだけで、部屋の中に小さな物語が生まれたようでした。
ハイビスカスは、南の国の太陽を思わせる花です。
けれど、その朝のハイビスカスは派手ではなく、静かにそこに咲いていました。
夏の光を受けた花びらは少し透けて、赤の奥にやさしい橙色が混ざっているように見えました。
黒猫は、その色を不思議そうに眺めていました。
花の中に、小さな夕焼けでも隠れていると思ったのかもしれません。
風が吹くと、白いカーテンがふわりと揺れました。
ハイビスカスの花も少しだけ揺れて、黒猫のひげも同じように細く動きました。
まるで、花と猫が言葉のない会話をしているようでした。
黒猫は、そっと前足を持ち上げました。
でも花には触れませんでした。
壊してはいけないものだと分かっているように、少しだけ近づいて、また静かに座り直しました。
その姿を見ていると、きれいなものを大切にする気持ちは、人だけのものではないのかもしれないと思いました。
ハイビスカスは一日でしぼんでしまうこともある花です。
だからこそ、その日咲いている姿には、少しだけ特別な時間が流れているように感じます。
黒猫もそれを知っているようでした。
今日だけの赤。
今日だけの光。
今日だけの静かな窓辺。
その全部を忘れないように、黒猫は丸い瞳に映しているのかもしれません。
昼が近づくと、部屋の中は少しずつ明るくなっていきました。
ハイビスカスの赤はさらに深くなり、黒猫の毛並みにはやわらかな光の線が浮かびました。
何か大きな出来事が起きたわけではありません。
ただ、花が咲いて、猫がそれを見ていた。
それだけの朝でした。
けれど、そんな小さな景色の中に、本を一冊読み終えたあとのような余韻がありました。
黒猫とハイビスカス。
言葉を持たないふたつが並ぶ窓辺には、夏のはじまりのような静けさがありました。
そしてその静けさは、忙しい日々の中で忘れていた、きれいなものをただ眺める時間を思い出させてくれました。
ここまで読んでくれて、ありがとうございます
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