2026年6月3日水曜日

黒猫とユリの花

黒猫とユリの花

部屋のすみっこに、
白いユリの花を飾った。

花瓶に入れただけなのに、
そこだけ空気が少し静かになったような気がした。

ユリの花は、
派手に咲いているわけではない。

けれど、白い花びらをゆっくり開いて、
何も言わずにそこにいるだけで、
部屋の雰囲気を変えてしまう。

その花瓶の近くに、
黒猫がそっとやってきた。

黒猫は、すぐには近づかない。

少し離れたところで立ち止まり、
白いユリの花をじっと見上げていた。

黒い毛並みと、
白い花。

そのふたつが並んでいるだけで、
まるで古い本の挿絵みたいだった。

黒猫は花の香りを確かめるように、
小さく鼻を動かした。

けれど、触れようとはしなかった。

ただ、そこにあるものを壊さないように、
静かに見つめている。

その姿を見ていると、
猫にも猫なりの距離感があるのかもしれないと思った。

きれいなものに近づきたい。
でも、近づきすぎると壊してしまうかもしれない。

だから、少しだけ離れて、
ただ見守る。

そんな黒猫の横顔は、
いつもより少し大人びて見えた。

ユリの花は、
窓から入るやわらかい光を受けて、
白く淡く輝いていた。

黒猫の背中にも、
その光が少しだけ落ちていた。

白い花と、黒い猫。

正反対の色なのに、
なぜかとてもよく似合っていた。

きっと、静かなもの同士だからだと思う。

ユリの花は何も語らずに咲き、
黒猫も何も語らずに見つめている。

その沈黙の中に、
小さな物語があるような気がした。

しばらくすると、
黒猫は花瓶のそばに丸くなった。

まるでユリの花を守る番人みたいに、
静かに目を細めた。

部屋には、
花の白さと、猫の黒さと、
午後の光だけがあった。

何か特別なことが起きたわけではない。

けれど、その小さな景色は、
心の中にそっと残る一ページになった。

黒猫とユリの花。

それは、にぎやかな物語ではなく、
静かにページをめくりたくなるような、
やさしい本の一場面だった。


ここまで読んでくれて、ありがとうございます

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