2026年6月10日水曜日
黒猫と万華鏡
本棚の奥から、古い万華鏡が出てきました。
いつ買ったものなのか、誰にもらったものなのか、もうはっきりとは覚えていません。
細い筒のまわりには、少しだけ色あせた模様がありました。
手に取ると、思っていたよりも軽くて、けれどどこか大事なもののように感じました。
窓辺では、黒猫が丸くなっていました。
午後の光がカーテンを通って、部屋の中にやわらかく落ちていました。
私はなんとなく、その万華鏡をのぞいてみました。
小さな光のかけらが、筒の中で静かに広がりました。
赤、青、黄色、紫。
ほんの少し回すだけで、形はすぐに変わっていきます。
さっきまできれいだった模様は、もう二度と同じ形には戻りません。
それが少し寂しくて、少し不思議でした。
黒猫が、こちらを見ました。
何をしているのか気になったのか、ゆっくり近づいてきます。
机の上に置いた万華鏡の先を、鼻でそっと触りました。
もちろん黒猫には、中の模様は見えないのかもしれません。
それでも、光るものや小さな筒には、何か気配があるのでしょう。
黒猫は万華鏡の横に座り、しばらくじっとしていました。
私はまた、万華鏡をのぞきました。
すると、さっきとはまったく違う世界が広がっていました。
きれいだけれど、すぐに消えてしまうもの。
手の中にあるのに、つかまえられないもの。
万華鏡の中の模様は、日々の記憶に少し似ている気がしました。
楽しかったことも、悲しかったことも、何でもない普通の一日も、時間がたつと少しずつ形を変えていきます。
同じ出来事でも、あとから思い出すと違って見えることがあります。
嫌だったことが、少しだけ笑える話になることもあります。
何でもなかった景色が、あとになって妙に大切に思えることもあります。
黒猫は、そんなことなど知らない顔で、万華鏡のそばに前足をそろえていました。
けれど、その静かな姿を見ていると、今この瞬間も、いつか違う模様になって思い出すのだろうと思いました。
本棚。
午後の光。
古い万華鏡。
そして、その横にいる黒猫。
何か大きな出来事があったわけではありません。
ただ、静かな部屋で、少しだけきれいなものを見ただけです。
でも、そういう時間のほうが、あとから心に残ることがあります。
万華鏡を回すたびに、世界は少しずつ変わります。
でも、変わってしまうからこそ、今見えている模様がきれいなのかもしれません。
黒猫は小さくあくびをして、また窓辺へ戻っていきました。
私は万華鏡を本棚の上に置きました。
またいつか、何でもない午後にのぞいてみようと思います。
そのときには、今日とは違う光が見えるはずです。
そしてきっと、黒猫もまた、何も言わずにそばへ来るのだと思います。
ここまで読んでくれて、ありがとうございます
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