夕方の田んぼ道を、黒猫がゆっくり歩いていました。
田んぼには、水が張られていて、空の色がそのまま映っていました。
青かった空は少しずつ薄い橙色に変わり、遠くの山の形も、水の中で静かに揺れていました。
黒猫は、道の真ん中を歩くのではなく、草の生えた端っこを選ぶように進んでいました。
誰に教えられたわけでもないのに、ちゃんと自分の居場所を知っているようでした。
田んぼのあぜ道には、小さな花が咲いていました。
風が吹くたびに草が揺れて、黒猫のひげも少しだけ動きました。
遠くから、カエルの声が聞こえてきます。
車の音も、人の話し声も、ここでは少し遠く感じました。
黒猫は途中で立ち止まり、水の張った田んぼをじっと見つめました。
水面には、黒猫の小さな姿が映っていました。
けれど風が通ると、その姿はゆらゆらと形を変えてしまいます。
黒猫は、それを不思議そうに見ていました。
まるで、水の中にもう一匹の黒猫がいると思っているようでした。
しばらくすると、黒猫は前足をそっと出しました。
でも水には入らず、ただ田んぼのふちで止まりました。
その姿が、なんだかとても静かで、少しだけ物語の一場面のように見えました。
何か大きな出来事が起きるわけではありません。
黒猫が田んぼのそばを歩いているだけです。
でも、そういう景色の中にこそ、忘れていた時間があるのかもしれません。
急がなくてもいい時間。
誰かに見せるためではない時間。
ただ風が吹いて、水面が揺れて、黒猫がそこにいるだけの時間です。
やがて夕日が少し低くなり、田んぼの水が金色に光りました。
黒猫の背中にも、その光がやわらかく乗りました。
黒猫は振り返ることなく、また歩き出しました。
細いあぜ道を、静かに、ゆっくりと。
その後ろ姿を見ていると、田んぼという場所は、ただお米を育てる場所ではなく、季節や風や小さな命を映す場所なのだと思いました。
黒猫と田んぼ。
それは、とても静かな組み合わせです。
けれど、その静けさの中には、なぜか心を落ち着かせてくれるやさしさがありました。
ここまで読んでくれて、ありがとうございます
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