2026年6月12日金曜日

写真を見ている黒猫

写真を見ている黒猫

部屋のすみで、黒猫が一枚の写真を見ていました。

それは、古い木の机の上に置かれた、小さな写真でした。

写真の中には、今より少し若い誰かと、まだ子猫だったころの黒猫が写っていました。

黒猫は、何も言わずにその写真を見つめています。

まるで、写真の中に残っている時間の匂いを、そっと思い出しているようでした。

部屋には、午後のやわらかい光が入っていました。

白いカーテンが少しだけ揺れて、机の上の写真に淡い影を落とします。

黒猫の丸い目には、写真の白いふちと、窓から入る光が小さく映っていました。

人間にとって写真は、昔を思い出すためのものかもしれません。

でも黒猫にとっては、少し違うものなのかもしれません。

そこに写っている顔。

そのときの部屋の空気。

呼ばれた名前。

なでられた手の温度。

そういう言葉にならないものを、黒猫は静かに思い出しているようでした。

写真の中の黒猫は、今よりずっと小さくて、少し不安そうな顔をしています。

けれど、今の黒猫は落ち着いた顔で、その小さな自分を見ていました。

「大丈夫だよ」

そんなふうに、写真の中の自分に話しかけているようにも見えました。

時間は戻りません。

けれど、写真を見ると、戻れないはずの時間が、ほんの少しだけ近くに来ることがあります。

それは、さみしいだけのものではなくて、あたたかいものでもあります。

黒猫は、しばらく写真を見たあと、そっと前足を伸ばしました。

写真に触れるか触れないかくらいの距離で、前足を止めます。

そして、まぶたをゆっくり閉じました。

たぶん黒猫は、写真の中にあるものを、ちゃんと覚えているのだと思います。

声にならない記憶も。

もう戻らない日の光も。

小さかったころの自分も。

全部、心のどこかにしまっているのだと思います。

写真は、ただの紙かもしれません。

でも、ときどきそこには、過ぎていった時間が静かに座っています。

黒猫は今日も、その写真を見ています。

何かを探すように。

何かを確かめるように。

そして、もう一度だけ、あの日のぬくもりに会いに行くように。


ここまで読んでくれて、ありがとうございます

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