夕方の公園には、昼間のにぎやかさが少しだけ残っていました。
砂場には小さな足跡があり、ブランコは風に押されて、ゆっくりと揺れていました。
すべり台の上には、もう誰もいません。
ただ、木々の葉だけが、夕日の色を少しずつ受け取りながら、静かに音を立てていました。
公園のすみには、古い木のベンチがありました。
何度も雨に濡れ、何度も夏の日差しを浴びてきたような、少し色あせたベンチです。
そのベンチの下に、一匹の黒猫がいました。
黒猫は、まるでそこが自分だけの場所だと知っているように、丸くなって座っていました。
真っ黒な毛は、夕方の光の中で少しだけ茶色く見えました。
目は金色で、遠くの空をじっと見ていました。
何かを待っているようにも見えました。
何も待っていないようにも見えました。
公園には、ときどき人が通りました。
買い物袋を持った人。
犬を連れて歩く人。
学校帰りの子ども。
けれど、黒猫は誰にも近づかず、誰からも逃げませんでした。
ただ、ベンチの下で静かに時間を見送っていました。
その姿を見ていると、不思議とこちらまで足を止めたくなります。
忙しく歩いていたはずなのに、少しだけ座ってみようかと思ってしまうのです。
ベンチに腰を下ろすと、木の冷たさが服越しに伝わってきました。
前には小さな広場があり、奥には夕日に染まる木々がありました。
風が吹くたびに、落ち葉が一枚、また一枚と地面をすべっていきます。
黒猫は顔を上げ、こちらを一度だけ見ました。
それから、すぐにまた前を向きました。
まるで、「ここに座ってもいいよ」と言われたような気がしました。
公園のベンチには、いろいろな時間が残っています。
誰かが友だちを待った時間。
ひとりで考えごとをした時間。
お弁当を食べた時間。
疲れて、ただ空を見上げた時間。
その全部を、黒猫は知っているのかもしれません。
だから、何も言わずにそこにいるのかもしれません。
夕日は少しずつ低くなり、公園の影は長く伸びていきました。
ベンチの足元にも、黒猫の小さな影が重なっていました。
どちらが猫で、どちらが影なのか、少しわからなくなるほどでした。
やがて、遠くで自転車のベルが鳴りました。
空の色は、橙色から薄い紫へ変わっていきます。
帰らなければいけない時間なのに、もう少しだけここにいたいと思いました。
黒猫は立ち上がると、背中をゆっくり伸ばしました。
そして、ベンチの下から出て、音もなく歩き出しました。
向かった先は、公園の奥の木立の中でした。
一度も振り返らず、黒猫は夕闇の中へ溶けていきました。
残されたベンチには、さっきまでのぬくもりだけがあるような気がしました。
公園のベンチは、また静かになりました。
けれど、そこには確かに、黒猫がいた時間が残っていました。
何でもない夕方。
何でもない公園。
何でもない古いベンチ。
それでも、黒猫が一匹いるだけで、その場所は小さな物語になるのです。
明日もあの黒猫は、あのベンチの下にいるのでしょうか。
それとも、別の誰かの前に現れて、また静かな物語を置いていくのでしょうか。
そんなことを考えながら、公園をあとにしました。
振り返ると、古いベンチだけが夕闇の中に残っていました。
まるで、次のページが開かれるのを待っているみたいに。
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