2026年7月2日木曜日

黒猫と公園のベンチ

黒猫と公園のベンチ

夕方の公園には、昼間のにぎやかさが少しだけ残っていました。

砂場には小さな足跡があり、ブランコは風に押されて、ゆっくりと揺れていました。

すべり台の上には、もう誰もいません。

ただ、木々の葉だけが、夕日の色を少しずつ受け取りながら、静かに音を立てていました。

公園のすみには、古い木のベンチがありました。

何度も雨に濡れ、何度も夏の日差しを浴びてきたような、少し色あせたベンチです。

そのベンチの下に、一匹の黒猫がいました。

黒猫は、まるでそこが自分だけの場所だと知っているように、丸くなって座っていました。

真っ黒な毛は、夕方の光の中で少しだけ茶色く見えました。

目は金色で、遠くの空をじっと見ていました。

何かを待っているようにも見えました。

何も待っていないようにも見えました。

公園には、ときどき人が通りました。

買い物袋を持った人。

犬を連れて歩く人。

学校帰りの子ども。

けれど、黒猫は誰にも近づかず、誰からも逃げませんでした。

ただ、ベンチの下で静かに時間を見送っていました。

その姿を見ていると、不思議とこちらまで足を止めたくなります。

忙しく歩いていたはずなのに、少しだけ座ってみようかと思ってしまうのです。

ベンチに腰を下ろすと、木の冷たさが服越しに伝わってきました。

前には小さな広場があり、奥には夕日に染まる木々がありました。

風が吹くたびに、落ち葉が一枚、また一枚と地面をすべっていきます。

黒猫は顔を上げ、こちらを一度だけ見ました。

それから、すぐにまた前を向きました。

まるで、「ここに座ってもいいよ」と言われたような気がしました。

公園のベンチには、いろいろな時間が残っています。

誰かが友だちを待った時間。

ひとりで考えごとをした時間。

お弁当を食べた時間。

疲れて、ただ空を見上げた時間。

その全部を、黒猫は知っているのかもしれません。

だから、何も言わずにそこにいるのかもしれません。

夕日は少しずつ低くなり、公園の影は長く伸びていきました。

ベンチの足元にも、黒猫の小さな影が重なっていました。

どちらが猫で、どちらが影なのか、少しわからなくなるほどでした。

やがて、遠くで自転車のベルが鳴りました。

空の色は、橙色から薄い紫へ変わっていきます。

帰らなければいけない時間なのに、もう少しだけここにいたいと思いました。

黒猫は立ち上がると、背中をゆっくり伸ばしました。

そして、ベンチの下から出て、音もなく歩き出しました。

向かった先は、公園の奥の木立の中でした。

一度も振り返らず、黒猫は夕闇の中へ溶けていきました。

残されたベンチには、さっきまでのぬくもりだけがあるような気がしました。

公園のベンチは、また静かになりました。

けれど、そこには確かに、黒猫がいた時間が残っていました。

何でもない夕方。

何でもない公園。

何でもない古いベンチ。

それでも、黒猫が一匹いるだけで、その場所は小さな物語になるのです。

明日もあの黒猫は、あのベンチの下にいるのでしょうか。

それとも、別の誰かの前に現れて、また静かな物語を置いていくのでしょうか。

そんなことを考えながら、公園をあとにしました。

振り返ると、古いベンチだけが夕闇の中に残っていました。

まるで、次のページが開かれるのを待っているみたいに。


ここまで読んでくれて、ありがとうございます

PR
楽天市場

よろしければ、
のぞいてみてください


0 件のコメント:

コメントを投稿