窓の外に、青い稲が揺れていました。
夏のはじめの田んぼは、まだ黄金色ではありません。
水を含んだ土の上に、細い稲がすっと伸びて、風が吹くたびに小さく波をつくります。
黒猫は、窓辺に座ってそれを見ていました。
何かを狙っているわけでもなく、鳴くわけでもなく、ただ静かに田んぼのほうを見つめています。
その横顔は、まるで遠い昔から稲の成長を知っているようでした。
田んぼには、朝の光がやわらかく落ちています。
水面には空が映り、雲が流れ、そこに稲の影が細く重なります。
人間にとって稲は、お米になるものです。
毎日のご飯になり、湯気になり、茶碗の中で当たり前のようにそこにあります。
けれど、黒猫にとっての稲は、少し違うものに見えているのかもしれません。
風の音を運ぶもの。
小さな虫を隠すもの。
水面に揺れる光を、やさしくほどくもの。
黒猫の耳が、ぴくりと動きました。
田んぼのどこかで、カエルが鳴いたのです。
稲の間から聞こえる小さな声。
水の匂い。
土の湿り気。
遠くで鳴る自転車の音。
それらが全部まざって、夏の田舎の午後になっていきます。
黒猫は、前足をそろえたまま、じっとしています。
眠そうにも見えるし、何かを考えているようにも見えます。
もしかすると黒猫は、稲が実るまでの時間を知っているのかもしれません。
今日すぐに変わるものではないけれど、毎日少しずつ背を伸ばし、やがて頭を垂れていくことを。
人間は、すぐに結果を求めてしまうことがあります。
早く育ってほしい。
早く形になってほしい。
早く安心したい。
でも稲は、急ぎません。
水を吸い、光を受け、風に揺れながら、ただ自分の季節を進んでいきます。
黒猫もまた、急ぎません。
窓辺でまるくなり、目を細め、稲の揺れる音を聞いています。
その姿を見ていると、少しだけ心が落ち着きます。
何かを大きく変えなくても、今日の中にある小さな景色を見つめるだけで、気持ちは少し静かになるのだと思えます。
夕方になると、田んぼの色は少し深くなります。
青かった稲に、夕日の金色が混ざります。
水面はゆっくり光を返し、風は昼よりもやさしくなります。
黒猫は、ようやく立ち上がりました。
伸びをして、しっぽをゆっくり揺らし、それからもう一度だけ稲のほうを見ます。
まるで、今日の見守りは終わったと言っているようでした。
稲は明日も、少しだけ伸びるのでしょう。
黒猫も明日また、窓辺に座るのでしょう。
大きな出来事は何も起こらないかもしれません。
けれど、そういう一日こそ、本の一ページのように静かに残るのだと思います。
黒猫と稲。
それは、急がずに育つものを見つめる、小さな夏の物語です。
ここまで読んでくれて、ありがとうございます
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