窓を少しだけ開けた午後、黒猫は畳の上でじっと外を見ていました。
夏の終わりに近い風が、白いカーテンをゆっくり揺らしています。
部屋の中には、古い本の匂いと、冷めかけたお茶の香りがありました。
黒猫はいつものように、何かを待っているような顔をしていました。
その時、網戸の向こうに、小さな影が止まりました。
カマキリでした。
細い体をすっと伸ばして、前足を胸の前で折りたたみ、まるで小さな武士のようにそこに立っていました。
黒猫は耳を少し動かしました。
でも、飛びかかることはしません。
ただ、静かに見つめています。
カマキリも逃げませんでした。
網戸一枚をはさんで、黒猫とカマキリは向かい合っていました。
黒猫の瞳には、外の緑と午後の光が小さく映っています。
カマキリの体は、葉っぱと同じような色をしていて、風が吹くたびに少しだけ揺れました。
どちらも言葉を持たないのに、その時間だけは、何かを話しているように見えました。
黒猫は思っていたのかもしれません。
「おまえは、どこから来たの」
カマキリは思っていたのかもしれません。
「おまえは、なぜそこにいるの」
外の世界は広くて、草の匂いがして、雨も降れば、鳥も飛びます。
部屋の中は静かで、本があり、畳があり、やわらかな昼寝の場所があります。
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そっとのぞいてみてください
黒猫とカマキリは、まったく違う場所で生きているのに、この一瞬だけ同じ午後の中にいました。
黒猫が前足をそっと伸ばすと、カマキリは少しだけ体を後ろへ引きました。
けれど、すぐには逃げません。
黒猫も、それ以上は動きませんでした。
狩るでもなく、逃げるでもなく、ただ見つめ合う。
そんな時間が、ゆっくり流れていきました。
やがて風が少し強く吹きました。
カーテンがふわりと膨らみ、カマキリは細い足で網戸を歩き出しました。
黒猫はその姿を目で追いました。
カマキリは窓の端まで行くと、庭の草むらへ向かって、ふっと消えていきました。
黒猫はしばらく、その場所を見つめていました。
もうそこには何もいません。
ただ、午後の光と、揺れるカーテンと、遠くで鳴く虫の声だけが残っていました。
黒猫はゆっくり体を丸めました。
まるで、小さな来客のことを忘れないようにするみたいに、窓辺の近くで眠りにつきました。
カマキリはきっと、また草の中を歩いているのでしょう。
黒猫はきっと、夢の中でその姿を追いかけているのでしょう。
ほんの短い出会いでも、不思議と心に残ることがあります。
黒猫とカマキリが向かい合った午後は、何でもない一日でした。
けれど、その何でもない一日の中に、小さな物語がありました。
本を一ページめくるように、静かで、やさしくて、少しだけ不思議な時間でした。

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