2026年7月7日火曜日

黒猫とカマキリ

黒猫とカマキリ

窓を少しだけ開けた午後、黒猫は畳の上でじっと外を見ていました。

夏の終わりに近い風が、白いカーテンをゆっくり揺らしています。

部屋の中には、古い本の匂いと、冷めかけたお茶の香りがありました。

黒猫はいつものように、何かを待っているような顔をしていました。

その時、網戸の向こうに、小さな影が止まりました。

カマキリでした。

細い体をすっと伸ばして、前足を胸の前で折りたたみ、まるで小さな武士のようにそこに立っていました。

黒猫は耳を少し動かしました。

でも、飛びかかることはしません。

ただ、静かに見つめています。

カマキリも逃げませんでした。

網戸一枚をはさんで、黒猫とカマキリは向かい合っていました。

黒猫の瞳には、外の緑と午後の光が小さく映っています。

カマキリの体は、葉っぱと同じような色をしていて、風が吹くたびに少しだけ揺れました。

どちらも言葉を持たないのに、その時間だけは、何かを話しているように見えました。

黒猫は思っていたのかもしれません。

「おまえは、どこから来たの」

カマキリは思っていたのかもしれません。

「おまえは、なぜそこにいるの」

外の世界は広くて、草の匂いがして、雨も降れば、鳥も飛びます。

部屋の中は静かで、本があり、畳があり、やわらかな昼寝の場所があります。


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黒猫とカマキリは、まったく違う場所で生きているのに、この一瞬だけ同じ午後の中にいました。

黒猫が前足をそっと伸ばすと、カマキリは少しだけ体を後ろへ引きました。

けれど、すぐには逃げません。

黒猫も、それ以上は動きませんでした。

狩るでもなく、逃げるでもなく、ただ見つめ合う。

そんな時間が、ゆっくり流れていきました。

やがて風が少し強く吹きました。

カーテンがふわりと膨らみ、カマキリは細い足で網戸を歩き出しました。

黒猫はその姿を目で追いました。

カマキリは窓の端まで行くと、庭の草むらへ向かって、ふっと消えていきました。

黒猫はしばらく、その場所を見つめていました。

もうそこには何もいません。

ただ、午後の光と、揺れるカーテンと、遠くで鳴く虫の声だけが残っていました。

黒猫はゆっくり体を丸めました。

まるで、小さな来客のことを忘れないようにするみたいに、窓辺の近くで眠りにつきました。

カマキリはきっと、また草の中を歩いているのでしょう。

黒猫はきっと、夢の中でその姿を追いかけているのでしょう。

ほんの短い出会いでも、不思議と心に残ることがあります。

黒猫とカマキリが向かい合った午後は、何でもない一日でした。

けれど、その何でもない一日の中に、小さな物語がありました。

本を一ページめくるように、静かで、やさしくて、少しだけ不思議な時間でした。

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