2026年6月22日月曜日

黒猫とみかん畑

黒猫とみかん畑

海の近くにある小さな丘に、みかん畑が広がっていました。

冬のはじまりの空は少し白く、風は冷たいのに、枝いっぱいのみかんだけが小さな太陽のように光っていました。

その畑のすみっこに、一匹の黒猫がいました。

黒猫は、みかんの木の下で丸くなりながら、ゆっくりと畑を見渡していました。

人の声も、車の音も、ここまではあまり届きません。

聞こえるのは、葉っぱがこすれる音と、遠くの海から来る風の音だけでした。

黒猫の前に、ひとつだけ落ちたみかんがありました。

ころんと土の上に転がったそのみかんは、誰かに見つけられるのを待っているようにも見えました。

黒猫は鼻先を近づけて、少しだけ匂いをかぎました。

甘いような、すっぱいような、冬の匂いがしました。

食べるわけでもなく、遊ぶわけでもなく、黒猫はただそのみかんのそばに座っていました。

まるで、小さな実が寂しくならないように、となりにいてあげているみたいでした。

やがて、畑の向こうからおばあさんが歩いてきました。

かごを片手に、ゆっくりと木のあいだを進みながら、落ちたみかんを見つけました。

「あら、見張ってくれていたの」

おばあさんがそう言うと、黒猫は返事をするように、しっぽを一度だけ動かしました。

おばあさんは落ちたみかんを拾い、かごの中へそっと入れました。

それから、枝についていた小さなみかんをひとつ取り、黒猫の前に置きました。

もちろん黒猫は、みかんを食べません。

けれど、その丸い色をじっと見つめていると、なんだか寒い日でも心が少しだけあたたかくなる気がしました。

夕方になると、みかん畑は金色に染まりました。

黒猫の黒い毛並みにも、やわらかな光がのって、少しだけ茶色く見えました。

畑の中にあるものは、どれも大きな事件ではありません。

落ちたみかん。

風に揺れる葉っぱ。

ゆっくり歩くおばあさん。

そして、そこに座っている黒猫。

でも、そんな小さな景色の中にこそ、忘れたくない時間があるのかもしれません。

黒猫は最後にもう一度だけ、みかん畑を見渡しました。

それから細い道を歩き出し、夕焼けの中へ静かに消えていきました。

あとには、みかんの甘い香りと、冬のやさしい静けさだけが残っていました。


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