黒猫が一匹、古い木の下に座っていました。
その木は、町のはずれにある小さな公園のすみで、何年も同じ場所に立っている木でした。
春には若い葉をつけ、夏には強い日差しをやわらげ、秋には落ち葉を散らし、冬には静かに枝だけを空へ伸ばしていました。
黒猫は、その木のことをよく知っているようでした。
人が通っても、犬が吠えても、風が強く吹いても、黒猫は木の根元からあまり動きません。
まるで、その木と何か約束をしているようにも見えました。
本の中には、言葉を話す猫や、不思議な森へ案内してくれる動物がよく出てきます。
でも現実の黒猫は、何も語りません。
ただ、じっと木のそばにいるだけです。
それなのに、その姿を見ていると、何か小さな物語が始まりそうな気がします。
木は、黒猫に日陰を作っていました。
黒猫は、木の根元で丸くなりながら、ときどき薄く目を開けます。
葉のすき間からこぼれる光が、黒い毛の上に小さく揺れていました。
真っ黒に見える毛も、光が当たると少しだけ茶色や灰色を含んでいるように見えます。
何気ない景色なのに、そこだけ時間がゆっくり流れているようでした。
本を読んでいると、派手な事件よりも、こういう静かな場面が心に残ることがあります。
大きな冒険ではなく、古い木の下で眠る黒猫。
誰にも気づかれない午後の光。
風で落ちた一枚の葉。
そういう小さな描写があるだけで、物語の世界は急に深くなります。
黒猫は、木のそばで何を考えているのでしょうか。
昨日の雨のことかもしれません。
木の上を通り過ぎた鳥のことかもしれません。
それとも、ずっと昔からこの場所にあった物語を、猫だけが覚えているのかもしれません。
木は何も言わず、黒猫も何も言いません。
けれど、黙って並んでいるだけで、そこにはやさしい空気がありました。
本のページをめくるように、季節は少しずつ変わっていきます。
新しい葉が増え、花が咲き、雨が降り、落ち葉が積もり、やがてまた春が来ます。
その間も、黒猫はときどき木の下へやって来るのでしょう。
そこにいるだけで安心できる場所。
何も起こらなくても、心が少し落ち着く場所。
黒猫と木の景色には、そんな静かな本のような魅力があります。
特別な言葉がなくても、物語はそこにあります。
ただ一匹の黒猫と、一本の古い木。
それだけで、今日の午後を少しだけやさしくしてくれるのです。
ここまで読んでくれて、ありがとうございます
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