2026年6月18日木曜日

黒猫と車

黒猫と車

道の端に、黒猫が一匹座っていました。

夕方の町は、少しだけ急ぎ足です。
家へ帰る人。
買い物袋を持った人。
自転車で通り過ぎる人。

そして、車が一台、また一台と走っていきます。

黒猫は、その音をじっと聞いていました。

ブーンと低く響く音。
タイヤが道をなでる音。
信号で止まり、またゆっくり動き出す音。

黒猫にとって、車は少し不思議なものでした。

人が中に入ると、遠くまで連れていってくれる箱。
雨の日でも濡れない箱。
寒い日でも、あたたかそうな箱。

でも、近づきすぎると危ない箱でもあります。

黒猫は道に飛び出したりしません。
ちゃんと、少し離れた場所から見ています。

車の窓には、夕焼けが映っていました。
オレンジ色の空。
細く伸びた雲。
電線の影。

その中を、黒猫の小さな姿も一瞬だけ映りました。

黒猫は、自分が車の窓に映ったことに気づいたのか、少し首をかしげました。

「これは、どこへ行くものなんだろう」

そんなことを考えているようにも見えました。

車に乗れば、知らない町へ行けるのかもしれません。
海の見える道へ行けるのかもしれません。
山の向こうまで行けるのかもしれません。

けれど、黒猫は今いる場所から動きませんでした。

いつもの塀。
いつもの道。
いつもの夕方のにおい。

そこにも、黒猫だけが知っている世界があります。

車は遠くへ行くためのもの。
黒猫は、今いる場所を静かに見つめるもの。

どちらが正しいわけでもありません。

遠くへ行きたい日もあれば、
ここにいたい日もあります。

黒猫は、最後の一台が通り過ぎるのを見送ると、ゆっくり立ち上がりました。

しっぽを少しだけ上げて、細い路地へ入っていきます。

車の音は、だんだん遠くなっていきました。

夕方の町に残ったのは、黒猫の足音と、少しだけやわらかい風でした。

もしかすると黒猫は、遠くへ行く車をうらやましいと思ったのかもしれません。

でも、路地の奥には、黒猫だけの帰り道があります。

どこかへ行くことだけが、旅ではありません。

いつもの道を、昨日とは少し違う気持ちで歩くこと。
それも、小さな旅なのだと思います。


ここまで読んでくれて、ありがとうございます

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