2026年6月26日金曜日

黒猫と洗面器

黒猫と洗面器

朝の洗面所に、ひとつの洗面器が置いてありました。

白くて丸いその洗面器は、特別なものではありません。
けれど黒猫には、なぜか少し気になる存在でした。

黒猫はそっと近づいて、洗面器の中をのぞきこみます。

中には水が少しだけ入っていて、朝の光を受けて静かに揺れていました。
その水面には、黒猫の丸い顔と小さな耳がぼんやり映っています。

黒猫は首をかしげました。
そこにいるのは自分なのに、まるで洗面器の中にもう一匹の黒猫がいるように見えたからです。

前足をそっと伸ばして、水面に触れてみます。

小さな波が広がり、映っていた黒猫の顔はゆらゆらと形を変えました。
黒猫は少し驚いて、前足を引っこめます。

でも、逃げるほど怖いわけではありません。
むしろ、不思議で、もう少し見ていたくなるような気持ちでした。

洗面器の中の水は、また静かになります。
黒猫もじっと座って、その小さな水の世界を見つめました。

家の中の何気ない場所にも、ふと物語の入り口があるのかもしれません。

ただの洗面器。
ただの朝の光。
ただの黒猫。

それでも、その三つがそろうと、少しだけ本の中の一場面のように見えてきます。

黒猫は最後にもう一度だけ水面をのぞきこみ、満足したようにしっぽを揺らしました。

そして何事もなかったように、静かな朝の部屋へ戻っていきました。


ここまで読んでくれて、ありがとうございます

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