2026年7月16日木曜日
黒猫とカラス
黒猫がいつもの塀の上を歩いていると、古い屋根の端に一羽のカラスが止まっていた。
カラスは黒猫を見ると、逃げることも鳴くこともなく、ただ静かに首を傾けた。
黒猫も足を止めた。
同じ黒い姿をしているのに、二匹はまるで違っていた。
黒猫は地面に近い場所を歩き、狭い路地や家々の庭を知っている。
カラスは空を飛び、屋根の向こうや町の果てまで見渡すことができる。
「空から見る町は、どんなふうに見えるのだろう」
黒猫は、そんなことを考えながらカラスを見上げた。
するとカラスは、大きな翼を一度だけ広げた。
風が起こり、屋根に積もっていた小さな枯れ葉が、くるくると空へ舞い上がった。
カラスは飛び立つのかと思ったが、すぐに翼を閉じ、また同じ場所へ座った。
まるで、まだここにいると言っているようだった。
黒猫は塀の上に座り、長い尻尾を足元へ巻いた。
二匹の間に言葉はなかった。
けれど、静かな午後の時間は、不思議と居心地がよかった。
遠くで自転車のベルが鳴り、古い家の窓から夕食を作る音が聞こえてきた。
空は少しずつ橙色に変わり、黒猫とカラスの影を長く伸ばしていった。
やがてカラスは、短く一声だけ鳴いた。
そして今度こそ、夕焼けの空へ飛び立った。
黒猫は小さくなっていく黒い翼を、見えなくなるまで追いかけた。
次の日も、黒猫は同じ塀の上を歩いた。
屋根の端には、まだ誰もいなかった。
それでも黒猫は、少しだけ歩く速度を落とした。
空のどこかから、聞き覚えのある声が届くような気がしたからだ。
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