2026年7月21日火曜日

黒猫と屋根

黒猫と屋根

夕方、洗濯物を取り込もうとベランダに出たら、隣の家の屋根の上に黒猫がいた。

三角屋根のちょうど頂点のところに、まるでそこが指定席であるかのように腰を下ろして、じっと西の空を見ている。夕焼けがオレンジ色から紫色に変わっていくグラデーションの中で、その黒いシルエットだけがくっきりと浮かび上がっていた。絵に描いたような、というのはこういう光景を指すのだろう。

この猫を見かけるようになったのは、もう三週間ほど前からだ。最初は道端でばったり会って、こちらが立ち止まると向こうも立ち止まり、しばらくお互いに様子を伺うような時間があった。人懐こいわけではないが、逃げるわけでもない。ちょうどいい距離感を保ったまま、気が向いたときだけこちらをちらりと見る。そんな猫だ。

首輪はしていない。かといって痩せているわけでもなく、毛並みも悪くない。この辺りのどこかの家で可愛がられているのか、あるいは近所の何軒かを渡り歩いて餌をもらっているのか。真相はわからないが、勝手に「屋根の主」と呼んでいる。

屋根の上にいるところを見るのは今日が初めてだった。どうやって上ったのか、下から見ている限りでは想像もつかない。塀伝いに来たのか、それとも別の家の二階から跳んだのか。猫の身体能力は本当に謎が多い。

しばらく洗濯物を取り込むのも忘れて見ていたら、猫はゆっくりと立ち上がり、屋根の傾斜を危なげなく歩いていった。足取りに一切の迷いがない。人間なら足がすくむような角度でも、彼らにとってはただの平坦な道でしかないらしい。屋根の端まで来ると、隣の物置の屋根に軽く飛び移り、そのままふっと視界から消えた。

猫が消えたあとも、しばらく空を見ていた。夕焼けはさらに色を変え、藍色が混じり始めていた。特に何かが解決したわけでも、意味のある出来事があったわけでもないのだけれど、なんとなく今日は良い一日だったような気がしてくる。こういう小さな瞬間の積み重ねが、日々の記憶になっていくんだろうなと思う。

そういえば、屋根の上の猫というのは、なぜだかいつも絵になる。地面を歩いている猫はただの猫だが、屋根の上にいる猫は少しだけ物語を帯びる。境界線の上にいる生き物、というイメージがあるからかもしれない。家の中でも外でもない場所、人の生活圏のすぐ隣にありながら、人が簡単には立ち入れない場所。猫はそこを自分の庭のように歩いていく。

明日もまた、同じ時間にベランダに出てみようと思う。屋根の主に会えるかどうかはわからないけれど、会えなくても、それはそれでいい。会えたらラッキー、くらいの気持ちで。

そんなことを考えながら、結局すっかり冷たくなった洗濯物を、慌てて取り込んだ。


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