2026年8月27日木曜日

黒猫と夏の終わり

黒猫と夏の終わり

蝉の声が、少しずつ弱くなっていくのに気づいたのは、いつからだっただろう。

商店街の裏にある小さな神社の石段に、その黒猫はいつも同じ場所で座っていた。夕方になると、赤く染まった空を見上げるように顔を上げ、じっと動かなくなる。まるで、過ぎていく季節を惜しんでいるかのように。

「今日も来たんだね」

近所に住む老人が、猫にそう声をかけながら通り過ぎていく。黒猫は返事の代わりに、尻尾をゆっくりと揺らした。夏の初めには、この石段に座っていても、まだ日差しは厳しく、猫は木陰を探して身をひそめていたものだった。それが今では、傾きかけた太陽の光を、まるで名残惜しむように全身で受け止めている。

風鈴の音が、どこかの家の軒先から聞こえてきた。その音は、夏の盛りに聞いたときよりも、どこか寂しげに響く。黒猫は耳をぴくりと動かし、音のする方向へ視線を送った。

境内の隅には、誰かが供えた麦茶の入ったコップが置かれている。夏祭りの名残だろうか。黒猫はそっと近づき、匂いを嗅いでから、興味なさそうにまた石段へ戻っていった。祭りの熱気も、花火の音も、もうこの町からは遠ざかりつつある。

そのとき、一陣の風が吹き抜けた。かすかに涼しさを含んだその風に、黒猫はふと目を細める。夏はまだ終わっていない。けれど、確かに何かが変わり始めていた。

蝉の声に混じって、どこからか鈴虫の音が聞こえてくる。黒猫はゆっくりと立ち上がり、体を伸ばした。そして、夕焼けに染まる石段を一段ずつ下りていく。まるで、これから始まる新しい季節を出迎えに行くかのように。

振り返ると、空はさらに深い茜色に変わっていた。黒猫はその景色を一瞬だけ見つめ、そして静かに闇の中へと姿を消していった。

夏の終わりは、いつも少しだけ切なくて、少しだけ美しい。この町の片隅で、今年もまた一匹の黒猫が、その移ろいを静かに見届けていた。


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