2026年8月18日火曜日

マンチカンの猫パンチ

マンチカの猫パンチ

 その家に、脚の短い猫がいた。名前はモコ。マンチカンという種類で、胴が長く、脚がまるでちんまりとした四本の棒のようについている。走るとお腹が床すれすれをかすめ、歩くとまるでコタツの上を滑るあひるのように見える。それでも本猫はいたって真剣で、自分がそんなに短足だとは思っていない様子だった。

 その日の午後、モコは窓辺の日だまりで丸くなっていた。カーテンの裾がそよ風にゆれるたび、房飾りの先がぱたぱたと揺れる。モコの目が、その動きを追いはじめた。

 瞳孔が、すう、と細くなる。

 尻尾の先だけが、小さく左右に振れる。狩りのスイッチが入った合図だ。

 房飾りが、また、ぱたり、と揺れた。

 その瞬間、モコの前脚が閃いた。短いはずのその脚が、驚くほどの速さでまっすぐに伸びる。ぱしん、という小気味よい音とともに、房飾りがつかまった。

 これが、モコの必殺技――「猫パンチ」である。

 脚が短いからといって、パンチまで短いわけではない。むしろモコの猫パンチは、家族のあいだで「かすみ取りのモコ」と呼ばれるほど正確だった。宙を舞う羽根、テーブルの上を転がるペン、廊下を歩くアリの気配。すべてが彼女の一撃の的になった。

 ある日、飼い主がおもちゃの魚を釣り竿の先につけて振ってみせた。魚は右へ左へ、上へ下へと不規則に動く。モコはソファの下から半身を出し、じっと魚を見つめていた。腰を落とし、後ろ脚に体重をかけ、まるで発射台に乗ったロケットのような姿勢になる。

 そして――跳んだ。

 短い脚とは思えないジャンプ力で宙に浮き、前脚が弧を描くように振り抜かれる。ぱしっ。おもちゃの魚は見事にとらえられ、モコはそのまま着地して、何事もなかったかのように毛づくろいを始めた。まるで「これくらい当然でしょう」と言わんばかりの顔だった。

 夜になると、モコはまた違う顔を見せる。膝の上に乗り、丸くなって喉を鳴らす。あの俊敏な猫パンチはどこへ行ったのかと思うほど、のんびりとした寝息を立てる。短い脚をぎゅっと縮めて眠る姿は、まるで小さな座布団のようだった。

 脚が短くても、狙いは外さない。むしろその短さの分だけ、重心が低く、踏ん張りがきく。だからこそモコのパンチは、誰よりも速く、誰よりも正確だった。
 窓の外で葉っぱが一枚、風に舞う。モコの耳が、ぴくりと動いた。

 今日もまた、静かな一撃が繰り出される準備が整っていた。


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