2026年8月24日月曜日
リンゴとメインクーン
台所の窓から、秋の午後の光が斜めに差し込んでいた。
木のテーブルの上には、赤いリンゴがひとつ置いてある。買ってきたばかりで、まだひんやりとした空気をまとっていた。
その傍らに、大きな体をゆっくりと持ち上げるようにして、一匹のメインクーンが姿を現した。名前はまだない。この家に来て、まだ三日目だった。
灰色と茶色が混じった長い毛並みは、まるで小さな森の獣のようだった。耳の先にはふさふさとした飾り毛が立ち、尻尾は太く、部屋を横切るたびにゆったりと揺れる。
メインクーンはテーブルの端に前足をかけ、首を伸ばした。琥珀色の瞳が、赤いリンゴをじっと見つめている。
「なんだろう、これは」
そう言いたげに、鼻先をリンゴにそっと近づけた。ひんやりとした表皮の匂いを確かめるように、ふんふんと鼻を鳴らす。それから前足で、こつん、と軽く触れた。
リンゴはテーブルの上をわずかに転がり、止まった。
メインクーンの耳がぴくりと動いた。今のは、なんだったのか。もう一度、今度は少し強めに前足を伸ばす。こつん、こつん。リンゴが小さく揺れるたびに、メインクーンの尻尾の先がゆらゆらと動いた。
窓の外では、庭の木の葉が風に揺れている。遠くで、誰かの家の風鈴が小さな音を立てていた。台所には、リンゴのかすかに甘い香りと、日向のにおいをまとった猫の匂いが混じり合っていた。
メインクーンはしばらくリンゴを見つめたあと、ふいに興味を失ったように、テーブルの脇であくびをひとつした。大きな口が開き、白い歯がのぞく。そのまま体を丸め、リンゴのすぐ隣に寝そべった。
赤い実と、灰色の毛玉。まるで最初からそこにあったかのように、ふたつは静かに並んでいた。
しばらくして、家の主が台所に戻ってきた。そこにあった光景に、思わず足を止める。
リンゴのすぐそばで丸くなり、規則正しい呼吸を繰り返す大きな猫。窓から差し込む光が、その毛並みを金色に縁取っていた。
「そんなところで寝るの」
声をかけても、メインクーンはわずかに片耳を動かしただけで、目を開けようとはしなかった。
やがて日が傾き、台所の光の角度が変わっていく。リンゴの赤も、猫の毛並みの色も、少しずつ夕方の色に染まっていった。それでも、その場所だけは、時間がゆっくりと流れているようだった。
やがて夕日が沈みきる頃、メインクーンはゆっくりと目を覚まし、大きく伸びをした。リンゴはまだそこにあった。少しだけ、傷ひとつつかずに。
明日もまた、この台所で、何か小さな出会いがあるのかもしれない。そんな予感を残しながら、メインクーンは静かに窓辺へと歩いていった。
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