午後の光が、キッチンの床にまっすぐな線を描いていた。
その線の上に、じっと座っている猫がいた。名前はモモ。短い脚がチャームポイントのマンチカンで、丸い体を丸めるようにして、テーブルの上をじっと見上げている。
テーブルの上には、黄色いバナナが一本。今朝、飼い主が買ってきたばかりのものだ。まだ青みが少し残っていて、甘い匂いが薄く漂っている。
モモはその匂いに気づいてから、もう十分近くもここに座っていた。短い前脚を揃え、尻尾を体に巻きつけて、微動だにせず、ただバナナを見つめている。
猫にとって、バナナが食べ物かどうかなんて、たぶんどうでもいいのだろう。ただ、見慣れないその黄色い物体が、テーブルという「高い場所」に置かれていることが、モモの好奇心をくすぐっているようだった。
「モモ、それ食べられないよ」
飼い主が笑いながら声をかけても、モモの耳がぴくりと動くだけで、視線はバナナから離れない。まるで、長年解けない謎に挑む哲学者のような顔つきだった。
やがてモモは、ゆっくりと後ろ脚に体重をかけた。短い脚でせいいっぱい伸び上がり、前脚をテーブルの縁にかける。届きそうで届かない、その距離感がもどかしい。
それでも、彼は諦めない。何度か伸び上がっては、ふにゃりと体勢を崩し、また座り直す。その繰り返しを、飼い主はスマホのカメラ越しに眺めていた。
結局、モモがバナナに触れることはなかった。何度目かの挑戦のあと、彼は静かに床に座り直し、小さくあくびをした。まるで「まあ、今日はこれくらいにしておくか」とでも言うように。
窓の外では、夕方の風が吹き始めていた。オレンジ色の光がキッチンに差し込み、モモの丸い影を長く伸ばす。
彼はもう一度だけ、名残惜しそうにバナナを見上げると、くるりと背を向けて、日だまりの中へ歩いていった。短い脚が、とことこと小さな足音を立てる。
バナナは今日も、誰にも食べられることなく、テーブルの上に残っていた。けれど、その存在は確かに、一匹の猫の午後をゆっくりと満たしていたのだった。
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