その家は、海から坂をひとつ上った場所にあった。
朝の十時を少し過ぎたころ、二階の窓辺に、薄いレースのカーテンがふわりとふくらんだ。窓は半分だけ開けてある。そこから入ってくる風には、ほんのり塩の匂いが混じっていた。
カーテンは、息をするように、ふくらんではしぼみ、しぼんではまたふくらむ。
その足もとの、日だまりの一番あたたかいところに、三毛猫のミケはいた。白と茶と黒の毛並みが、光を受けてやわらかく色を変える。前足をそろえて座り、最初のうちは、窓の向こうをじっと見ていた。
見ていたのは、海だった。
坂の下の屋根の連なりの向こうに、青い線がひとすじ横たわっている。その上を、小さな白い点がゆっくりと滑っていく。漁船だろうか。ミケは耳を少しだけ動かして、それを目で追っていた。
けれど、追いかけるのは、そう長くは続かなかった。
風がまた、カーテンをふくらませた。レースの端がミケの背中をそっとなでて、また離れていく。くすぐったいのか心地よいのか、ミケの尻尾の先が、ぱたん、と一度だけ床を打った。
遠くで、波の音がした。
近くにあるはずなのに、いつも少し遠くから聞こえてくる音だ。寄せては返す、その単調なくり返しは、時計の針の音よりもずっとゆるやかで、ずっと優しい。
ミケのまぶたが、すこし重くなった。
一度、ゆっくりと閉じて、また開く。もう一度、閉じる。開くときの幅は、だんだん狭くなっていく。
やがて、ミケは目を閉じたまま、開かなくなった。
部屋のなかには、ほかに誰もいなかった。机の上には飲みかけの麦茶のグラスがあって、氷はとうに溶けて、水の表面に窓の光が小さく揺れている。壁の時計は、のんびりと秒を刻んでいる。けれど、その音はもう、波の音と混ざって、どちらがどちらか分からなくなっていた。
カーテンがふくらむ。
ミケの髭が、風にかすかに揺れる。
胸のあたりが、ゆっくりと上下する。カーテンの動きと、ほとんど同じ速さで。
それはまるで、風と猫が、ひとつの呼吸を分け合っているようだった。
どこかの庭先で、風鈴が一度だけ鳴った。海の向こうから来た雲が、ほんの一瞬、日差しをさえぎって、また通り過ぎていく。部屋の明るさがやわらかく変わっても、ミケは動かない。光が戻ってくると、三色の毛並みが、また静かにあたたまっていく。
こんな時間が、あとどれくらい続くのだろう。
それはたぶん、誰にも分からないし、分からなくていいのだと思う。
急がなくていい日がある。何も決めなくていい午前がある。ただ窓を開けて、風を入れて、目を閉じていればいい時間が、確かにこの世界のどこかにある。
ミケはそれを、いつも上手に知っている。
潮の匂いがもう一度、部屋に満ちた。
カーテンは、今日も静かに、海の息を運んでいる。
窓辺の三毛猫は、夢のなかでもきっと、同じ風に吹かれているのだろう。
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