縁側の戸を少しだけ開けると、秋の風が静かに入り込んできた。
庭の楓は、この一週間でようやく本気を出した。朝は橙、昼は朱、夕方には燃えるような赤。枝先から離れた葉が、風にさらわれてくるりと舞う。
その音を、ちゃんと聴いたことがあっただろうか。
かさり。からり。ことん。
葉っぱが地面に着くとき、思っていたよりずっと小さな音がする。耳を澄まさなければ、風の音に紛れて消えてしまうほどの。
私が縁側で湯呑みを持ったまま動けずにいると、足元でむくりと小さな影が動いた。
マンチカンの「きなこ」である。
短い足で、とてとて。座布団の上から縁側の端まで、ほんの数歩の旅だ。それでも本人は大冒険のつもりらしく、鼻をひくひくさせながら、慎重に慎重に進んでいく。
そのとき、一枚の紅葉がふわりと舞い上がり、きなこの目の前に落ちた。
きなこは固まった。
丸い目がさらに丸くなる。耳がぴんと立つ。短い前足を、そろり、そろりと伸ばして、紅葉の端にちょん、と触れた。
かさり。
自分が立てた音に、きなこ自身がびくっとして、ちょっと後ずさる。それから、もう一度。ちょん。かさり。
確かめるように、何度も。
風が吹くたび、庭の紅葉がいっせいにざわめく。波のような、遠い拍手のような音。その真ん中で、小さな猫が小さな葉っぱと向き合っている。
世界はこんなにも静かで、こんなにも賑やかだった。
湯呑みのお茶は、いつの間にか少しぬるくなっていた。けれど、それを取り替えに立つ気にはなれなかった。立ち上がれば、この時間がほどけてしまいそうだったから。
やがてきなこは、紅葉を一枚くわえて、得意げに私の膝へ登ってきた。
「それ、どうするの」
返事の代わりに、ごろごろという喉の音。葉っぱは膝の上にぽとりと落とされた。贈り物、ということらしい。
私は紅葉を指でつまんで、光にかざしてみた。葉脈の一本一本に、夕方の光が透けている。
風がまた吹いて、庭の葉が舞う。かさり、からり、ことん。
膝の上のぬくもりと、遠くで鳴る紅葉の音。
忙しい日々のなかで、こんなふうに何も足さなくていい時間が、一年にいったい何度あるだろう。
秋はもう少しだけ、ここにいてくれるらしい。
きなこは丸くなって、静かに寝息を立て始めた。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます
PR
コータのAmazonページへ
コータのAIイラスト、Xページへ
コータのユーチューブページへ
よろしければ、
のぞいてみてください

0 件のコメント:
コメントを投稿