2026年10月13日火曜日

癒される秋のアキノウナギツカミが揺れる水辺と三毛猫

癒される秋のアキノウナギツカミが揺れる水辺と三毛猫

 秋の水辺には、音の少ない朝がある。

その日、わたしは川沿いの細い道を歩いていた。大きな川ではない。田んぼの間を縫うように流れる、幅の狭い水路が少しだけ広がって、小さな溜まりになっている場所だ。刈り取りの終わった稲田の向こうで、朝の光がゆっくりと水面に降りてきていた。

足を止めたのは、水際に薄紅色の小さな花が揺れているのが見えたからだった。

アキノウナギツカミ。

名前の響きは少しぶっきらぼうなのに、花はおどろくほど控えめで愛らしい。金平糖をそっと散らしたような、丸い小さな花の集まりが、細い茎の先で風に合わせて、ゆらり、ゆらりと首を振っている。白から薄紅へ、にじむように色が移っていくその様子は、秋という季節が最後にくれる、ささやかな贈り物みたいだった。

水面は鏡のように静かで、ときどき風が撫でていくと、空の青と花の薄紅が細かく砕けて、またゆっくり元に戻っていく。

しばらく、ただ眺めていた。

スマホを出す気にもならない。時間を気にする必要もない。そう思えたことが、自分でも少し不思議だった。

そのとき、草のこすれる、かすかな音がした。

振り向くと、道の端の石の上に、一匹の三毛猫が座っていた。

白と黒と茶。その三色が、まるで秋の田んぼの風景をそのまま写し取ったみたいに混ざり合っている。背中の茶色は刈り株の色、白い胸元は朝霧の名残、黒い模様は水路の底の深い影。そんなふうに思えてくるから不思議だ。

猫はわたしを見ても、逃げもしなければ、近寄りもしなかった。琥珀色の目を細めて、「あなたもここに来たのね」とでも言いたげに、ひとつ瞬きをした。

それから、ゆっくりと立ち上がり、尻尾をふわりと揺らして、水辺のほうへ歩いていった。

アキノウナギツカミの花のそばまで来ると、猫はぴたりと止まった。揺れる花の先に、鼻先をそっと近づける。においを確かめているのか、それとも、花と一緒に揺れてみたいのか。花が右へ傾くと、猫の髭もほんの少し右へ。花が左へ戻ると、猫の耳もわずかに左へ。

薄紅色の花と、三毛の毛並みと、朝の水面。

わたしは息をひそめて、その光景を見ていた。

猫は、やがて花のそばの乾いた土の上に、くるりと丸くなった。前足を胸の下にしまって、目を閉じる。背中が、呼吸に合わせて静かに上下している。

水の流れる音。
遠くで鳴く、一羽の鳥の声。
稲わらの、ほのかに乾いた匂い。
そして、小さな花が揺れる、気配だけの音。

ふと、肩の力が抜けていることに気がついた。ここへ来るまで、頭の中にはいろいろなことが詰まっていた。やらなければいけないこと、返事をしそびれたままの連絡、うまく言葉にできない小さな不安。それらが、水面に映る雲のように、いつのまにか遠くへ流れていっていた。

猫は何も考えていないようで、きっと、いちばん大事なことを知っている。

今日という日が、ここにしかないこと。
光があたたかいこと。
風が気持ちいいこと。
それだけで、十分だということ。

わたしはそっと腰を下ろして、猫から少し離れた草の上に座った。猫は片目だけを開けてこちらを見て、すぐにまた閉じた。「どうぞ、ご自由に」と言われた気がして、思わず笑ってしまった。

しばらくして、太陽が少し高くなり、水面の光が白く強くなってきた。アキノウナギツカミの花は、さっきよりも明るく見える。三毛猫の毛並みも、陽だまりの中で、やわらかく金色に縁取られていた。

帰り道、わたしは何度か振り返った。

水辺には、揺れる花と、丸くなった小さな三色の背中。どちらも、わたしがいなくなっても変わらずそこにあって、変わらず秋の朝を過ごしていくのだろう。

そう思うと、不思議と寂しくはなかった。

忙しい日々の中で、ふと立ち止まる場所がある。名前も知らなかった花と、名前も知らない猫が、静かに迎えてくれる場所がある。

それだけで、また明日から歩いていける気がした。

秋の水辺で揺れる、小さな薄紅色の花。
その傍らで眠る、一匹の三毛猫。

癒しというのは、案外こんなふうに、何も言わずにそこにいてくれるものなのかもしれない。

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