2026年10月13日火曜日

癒される秋の雑木林の木漏れ日と野良猫たち

癒される秋の雑木林の木漏れ日と野良猫たち

 雑木林の入り口には、古い切り株がひとつ、門柱のように座っている。

朝の散歩の途中で、わたしは決まってそこで足を止める。ここから先は、舗装された道が土の道に変わる。靴底に伝わる感触がやわらかくなるだけで、肩の力がすっと抜けるから不思議だ。

十月の終わり近く。コナラもクヌギも、緑と黄色と茶色をまだらに混ぜた葉をつけている。見上げると、枝のすきまから光がこぼれていた。木漏れ日というのは、じっと見ているとゆっくり呼吸をしているように見える。風が通ると揺れ、雲が流れると薄くなり、また戻ってくる。

足もとでは、落ち葉がかさかさと鳴った。

踏むたびに乾いた音がする。その音のあいだに、もうひとつ、別の小さな音が混ざっていた。ちりん、と鈴のような、でもたぶん鈴ではない音。

立ち止まって耳をすますと、道のわきの倒木の上で、三毛猫がこちらを見ていた。

野良猫だと、すぐにわかった。毛並みは少し荒れているのに、目だけは澄んでいる。わたしを警戒しているのか、品定めしているのか、尻尾の先だけがゆっくり左右に動いていた。

「おはよう」

小声で言うと、三毛猫は返事の代わりに、ふわあ、と大きなあくびをした。

それが合図だったように、木の根元や落ち葉の山のかげから、ぽつり、ぽつりと影が出てきた。灰色のしましま。白い靴下をはいたような茶トラ。いちばん小さな黒い子は、倒木の端っこに前足をちょこんとそろえて座った。

気がつけば、五匹。

わたしは少し離れた場所に腰を下ろした。近づきすぎないこと。目を合わせすぎないこと。長く通ううちに覚えた、この林の作法だ。

木漏れ日が、猫たちの背中に丸い光の模様をつくっていた。三毛猫の背中には金色の水玉。茶トラの額には、小さな光の粒。黒い子は、光が当たるとうっすら茶色がかって見えて、ああ、この子は日なたでは黒だけじゃないんだな、と、なんでもないことに感心した。

誰も急いでいなかった。

猫たちは光の移ろいに合わせて、少しずつ場所を変える。光が右に動けば、ゆっくり右へ。雲が影を落とせば、そこでいったん丸くなる。ただそれだけのことを、一匹も迷わずにやっている。

わたしは最近、ずっと「ちゃんとしなきゃ」と思って暮らしていた。予定を詰めて、返信を急いで、空いた時間にも何かを入れようとして。そんな毎日の端っこで、こうして座って、光の動きに合わせて場所を変えるだけの時間が、どれほど贅沢か。猫たちは、それをずっと知っていたのだろう。

しばらくして、風が強くなった。

頭上で葉がいっせいにざわめき、ひらり、ひらりと落ちてきた。黄色い葉が一枚、黒い子の鼻先にとまる。子猫はきょとんとして、前足でちょい、とつついた。葉は転がって、茶トラの足もとへ。茶トラはそれを、まるで大事な預かりものみたいに、じっと見つめていた。

思わず笑ってしまった。

声は小さかったのに、三毛猫がちらりとこちらを見た。そして、何を思ったのか、倒木からとん、と降りて、わたしのほうへ歩いてきた。

一歩、二歩。

手の届くぎりぎり手前で止まると、くるりと向きを変えて、わたしの横の落ち葉の上に丸くなった。背中を向けたまま。触らせてはくれない。でも、逃げもしない。

それで十分だった。

たぶんこれは、信頼と呼ぶにはささやかすぎる距離だ。けれど、背中を向けて眠ってくれるということは、「ここは安全だ」と、そう思ってくれたということなのだと思う。

わたしはそっと息をはいた。

木漏れ日が、わたしの膝と、三毛猫の背中を、同じ明るさで照らしていた。

どれくらいそうしていただろう。遠くで、小学校のチャイムが鳴った。

三毛猫が耳だけをぴくりと動かし、ゆっくりと立ちあがる。大きく伸びをして、前足を落ち葉に沈めて、それから何事もなかったように林の奥へ歩いていった。ほかの猫たちも、それぞれの方向へ、ひとり、またひとり。

最後に残った黒い子が、一度だけ振り返った。

光の中で、目がきらりと琥珀色に光る。

「またね」

声に出すと、子猫はにゃ、と短く鳴いて、木のかげに消えていった。

わたしは立ちあがり、ズボンについた落ち葉を払った。ポケットに、一枚だけ、さっきの黄色い葉が入っていた。いつ入ったのかはわからない。風のいたずらか、それとも猫たちからの、ささやかな預かりものか。

林を出ると、舗装された道の上に、まぶしい秋の光が広がっていた。

振り返ると、雑木林は、さっきと同じ顔で静かに立っている。木漏れ日は、いまもきっと、誰もいない倒木の上で、ゆっくり呼吸をしているのだろう。

癒される秋の雑木林の木漏れ日と野良猫たち
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