2026年10月1日木曜日

癒される秋晴れの日の畑仕事とマンチカンという猫

 

朝、カーテンを開けると、空がびっくりするほど高かった。

雲はひとつもなく、薄い水色がどこまでも続いている。窓を少し開けると、ひんやりした空気に混じって、土と枯れ草の乾いた匂いが入ってきた。夏の間ずっと重たかった空気が、いつのまにかすっかり入れ替わっている。

「今日は畑日和だな」

独り言のつもりだったのに、足もとから「みゃ」と返事があった。見下ろすと、マンチカンのムギが、短い脚をそろえてちょこんと座っている。

ムギはいつもこうだ。私が長靴を出した気配を、どうやって察するのだろう。まだ何も言っていないのに、玄関で待っている。

「ついてくるの?」

返事の代わりに、しっぽがぴんと立った。

 *

家から畑までは、歩いて三分ほど。小さな畑だ。大根と、ほうれん草と、少しばかりの葱。それから、夏の名残のシソが、端のほうで穂をつけている。

空気は澄んでいて、遠くの山並みまでくっきり見えた。日差しは柔らかく、肌に当たるとほんのり温かい。真夏のあの刺すような光とは、まるで別ものだ。

鍬を入れると、土がほろりとほどけた。しゃがんで雑草を抜いていると、背中に日だまりが乗っているのがわかる。汗ばむほどではなく、ただ、じんわりと温かい。

その横を、ムギがてくてくと歩いていく。短い脚で、畝のあいだを一生懸命に。ときどき立ち止まっては、鼻をひくひくさせて、土の匂いを確かめている。

マンチカンは脚が短いから、というのは、私の勝手な心配だったのかもしれない。ムギは畑の土の上でも、ちっとも苦にならない様子で進んでいく。むしろ、低い目線だからこそ見える世界があるのだろう。バッタが跳ねたり、アリの行列が通ったり。ムギはその一つひとつに、真剣な顔で付き合っている。

「ムギ、それは私の仕事道具だよ」

気づけば、ムギは私が置いた軍手の上に、ちゃっかり座っていた。

 *

昼前になって、ほうれん草の間引きを終えた。

腰を伸ばして空を見上げると、鰯雲が薄く流れはじめている。風が通るたびに、葱の葉がさわさわと鳴り、シソの穂が揺れた。それ以外の音は、ほとんどしない。

こんなふうに静かな時間は、あるようでなかなかない。

仕事のこと、これからのこと。考えようと思えばいくらでも出てくるのに、畑にいると、不思議と頭の中が静かになる。手を動かして、土に触れて、季節の匂いを吸い込んでいると、考えごとのほうが勝手に遠くへ行ってくれる。

ふと足もとを見ると、ムギが畝の端で丸くなっていた。日向のいちばん温かい場所を、ちゃんと見つけたらしい。前脚をそろえ、目を細めて、喉をごろごろと鳴らしている。

「おまえは、いいなあ」

そう言うと、ムギは片目だけ開けて私を見た。そして「あなたも早くこっちに来なさい」とでも言うように、ゆっくりまばたきをした。

 *

私は鍬を置いて、ムギの隣に腰を下ろした。

土の上は、思ったよりあたたかかった。日差しをたっぷり吸い込んだ地面が、ゆっくりと熱を返してくれている。背中を丸めて座っていると、ムギがのそりと身体を寄せてきて、私の膝に前脚をかけた。

ふわふわの毛が、手のひらに触れる。

しばらく、二人でただ空を見ていた。

雲が流れる。風が吹く。遠くで、トンボがすっと横切っていく。畑の土の匂いと、ムギのお日さまの匂いが、同じ秋の空気の中に溶けている。

何もしていない時間なのに、不思議と満たされていた。

 *

夕方、収穫したばかりの大根を抱えて、畑をあとにした。

ムギは私の少し前を、短い脚で軽やかに歩いていく。夕日に染まったしっぽが、ゆらゆらと揺れている。

家に着いたら、大根を洗って、温かい煮物にしよう。ムギには、いつもより少しだけ奮発したおやつをあげよう。

秋晴れの日の畑仕事は、疲れるはずなのに、帰り道はいつも足が軽い。きっと、土と空と、小さな相棒が、毎回こっそり元気を分けてくれているからだ。

「ただいま」

誰もいない玄関に声をかけると、足もとで「みゃあ」と声がした。

それだけで、今日もいい一日だった、と思える。


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