十月の終わりが近づくと、祖母の家の縁側には、午後四時を過ぎたあたりから橙色の光が斜めに差し込んでくる。
私はその光の中で、読みかけの文庫本を膝に置いたまま、ぼんやりと庭を眺めていた。柿の木の葉はすっかり色づいて、風が吹くたびに一枚、また一枚と、音もなく地面へ降りていく。
そのとき、廊下の奥から、ぺた、ぺた、と静かな足音が近づいてきた。
振り返ると、そこにいたのはメインクーンのソラだった。
ソラは、初めて会った人が必ず二度見するほど大きな猫だ。ふさふさの長い毛は茶色と灰色が混ざり合い、首のまわりにはライオンのような豊かな毛が広がっている。耳の先には、小さな筆のような飾り毛。それでいて、目はまん丸で、どこか眠たげで、少しだけ間の抜けた優しさをたたえている。
「今日も来たの」
そう声をかけると、ソラは返事の代わりに、くるる、と喉の奥で小さく鳴いた。大きな体には不釣り合いなほど、かわいらしい声だ。
ソラは私の前をゆっくりと横切ると、縁側の一番日当たりのいい場所に腰を下ろした。そこは、夕日がちょうど真っ直ぐに届く、この家でいちばん暖かい場所。祖母が生きていたころから、ずっとそうだった。
毛並みの一本一本が、夕日を受けて金色にふちどられていく。白い鼻先も、長いひげも、光の粒をまとってきらきらと揺れた。
私は本を閉じた。ページの続きよりも、目の前の景色のほうが、ずっと物語めいていたからだ。
祖母がいなくなって、この家は少しだけ静かになった。けれど、静かになったぶん、聞こえるようになったものもある。遠くで鳴く鳥の声。庭の落ち葉が転がる乾いた音。そして、ソラの穏やかな寝息。
ソラは前足をそろえて座ると、ゆっくりと目を細めた。それから、体をふわりと丸めて、私の足もとへ寄りかかる。ずしりとした温かさが、靴下越しに伝わってきた。
メインクーンは「優しい巨人」と呼ばれるらしい。大きくて、堂々としていて、それでいて人のそばにいるのが好きな猫。その言葉を思い出して、私は少し笑った。
この子は、きっと知っているのだ。
誰かが静かに寂しさを抱えているとき、何も言わずにそばへ来て、ただ温かいままそこにいてくれることが、どれほど大きな慰めになるのかを。
空は、橙から柿色へ、柿色から薄い紫へと、ゆっくり溶けていく。庭の隅の萩の花が、最後の光を受けて淡く揺れた。
どこかの家から、夕飯の支度をする匂いが流れてくる。焼き魚と、味噌汁と、炊きたてのごはんの匂い。ありふれていて、けれど何よりも「帰ってきた」と思わせてくれる匂いだった。
ソラが、ふう、と長い息を吐いた。
その背中にそっと手を置くと、毛の奥から、ごろごろと低い音が響いてくる。まるで小さな機械が、心の奥のほうで静かに回っているみたいだった。
「ねえ、ソラ」
返事はない。もちろん、返事はない。
けれど私は、続けて言った。
「ここに、いてくれてありがとう」
ソラは目を閉じたまま、しっぽの先だけを、ぱたり、と一度だけ動かした。
それが答えだったのだと、私は思うことにした。
やがて日は山の向こうへ沈み、縁側の光はすうっと薄れていった。あたりが青い影に包まれても、ソラの体は、まだ夕日の名残のように温かかった。
私は膝の上の文庫本をもう一度開き、しおりを挟んだページに指を置いた。
続きを読むのは、もう少しあとでいい。
いまはただ、秋の夕暮れと、大きな猫のぬくもりの中で、この穏やかな時間を、最後の一滴まで味わっていたかった。

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