2026年9月14日月曜日
黒猫と屋根と青い空
古い商店街の外れに、瓦屋根の続く一角がある。
その一番端、ひときわ傾斜のゆるい屋根の上に、その黒猫はいつも座っていた。まるで自分の指定席だとでも言うように、決まった時間に現れては、決まった角度で空を見上げる。
夏の朝だった。
まだ日差しは柔らかく、瓦は熱を持ち始めたばかり。黒猫はゆっくりと屋根の稜線を歩き、いつもの場所で足を止めた。ふさふさとした尻尾を体に巻きつけ、金色の瞳を細めて頭上を見る。
そこには、雲ひとつない青が広がっていた。
視界を遮るものは何もない。電線が一本、画面を横切るように空を分けているだけで、あとはただどこまでも続く青だけだった。黒猫にとって、この屋根はきっと特別な場所なのだろう。地上の喧騒からほんの数メートル離れただけで、世界はこんなにも静かになる。
下の路地では、自転車のベルが鳴り、誰かが誰かに挨拶をしている。豆腐屋のラッパの音が遠くに響く。けれど屋根の上には、そうした音のかけらだけが、風に混じって届くだけだった。
黒猫はふと、瓦の熱を前足で確かめるように押した。まだ大丈夫、そう判断したのか、ゆっくりと体を横たえる。丸くなるでもなく、伸びるでもなく、ちょうど屋根の傾斜に沿うような姿勢で、青空をひとりじめするように寝そべった。
通りを歩いていた老人が、ふと足を止めて屋根を見上げた。
「今日もいるな」
そう呟いて、また歩き出す。黒猫は特に反応することもなく、ただ尻尾の先だけをゆらりと揺らした。褒められても、気にかけられても、この場所での時間は変わらない。それが黒猫の流儀だった。
日が高くなるにつれ、空の青は少しずつ濃さを増していく。入道雲のかけらのようなものが、遠く西の方角にぽつりと浮かんでいるのが見えた。まだ夏はこれからが本番だと、その白い塊が教えてくれているようだった。
黒猫はしばらくそれを眺めていたが、やがて興味を失ったように目を閉じた。
屋根はあたたかく、風はちょうどよく、空は変わらず青い。
それだけで、十分だった。
誰かに見つけられても、見つけられなくても、この場所はきっと明日も、黒猫を待っている。
短い物語だが、載せる際は写真や導入文を添えて、いつものスタイルに合わせて調整してもらえればと思う。
ここまで読んでくれて、ありがとうございます
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