2026年9月13日日曜日

黒猫と街灯

黒猫と街灯

夕暮れが群青色に変わる頃、路地の角にぽつんと灯る一本の街灯があった。まだ夜には早い時間だが、そこだけはすでに小さな光の輪を作り出している。

その光の下に、黒猫がいた。

いつからそこにいるのか、誰も知らない。近所の人々は「街灯の猫」と呼んで、通りすがりに軽く会釈のような視線を送るだけだった。黒猫の方も、誰かに構ってほしいわけではないらしい。ただ静かに座り、時折尻尾の先だけをゆっくりと揺らしながら、道の向こうを眺めている。

その日も、黒猫はいつもの場所にいた。仕事帰りの人々が足早に通り過ぎていく中、一人の女性がふと足を止めた。

「今日も、いるんだね」

独り言のようにつぶやいて、女性はベンチに腰を下ろした。特に用事があるわけではない。ただ、この街灯の下だけ、なぜか時間の流れが少し遅くなるような気がして、つい立ち止まってしまうのだった。

黒猫は女性の方を一瞥すると、また視線を道の先へと戻した。歓迎するでも拒むでもない、その距離感がちょうどよかった。

風が吹くと、街灯の明かりがわずかに揺れ、黒猫の毛並みに橙色の陰影を作った。まるで光そのものが黒猫の輪郭をなぞっているようだった。女性は鞄からペットボトルの蓋を開け、ひと口飲んだ。今日は些細なことでうまくいかないことが続いた一日だった。誰かに話すほどでもない、けれど胸の奥に小さな重さとして残るような出来事の連続。

「なんでそんなに落ち着いていられるの」

黒猫に問いかけても、答えが返ってくるはずもない。ただ、耳がぴくりと動いただけだった。それでも女性には、その仕草が「聞いているよ」と言っているように思えた。

しばらくすると、どこからか自転車のベルの音が響き、子どもたちの笑い声が通り過ぎていった。黒猫はその賑やかさにも動じることなく、じっと座り続けている。街灯の光は、動かないものにこそよく似合う。忙しなく動き回る者たちを照らしながら、自分自身は静止したまま、ただそこにあり続ける。

女性は立ち上がり、軽く伸びをした。

「また明日」

そう言って歩き出すと、黒猫は初めて小さく鳴いた。振り返ると、黒猫はもう女性の方を見てはおらず、また道の先の暗闇をじっと見つめていた。何を待っているのか、何を見ているのか、それは誰にも分からない。

街灯の光は、今夜も変わらず一定の強さで灯り続けている。黒猫がそこにいる限り、その光の輪は、道行く人々にとって少しだけ特別な場所であり続けるのだろう。

夜がゆっくりと深まっていく中、黒猫と街灯は、これからも誰かの一日の終わりに、静かに寄り添い続ける。


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