2026年9月13日日曜日

本とメインクーン

本とメインクーン

雨の匂いがする午後だった。

窓辺に置かれた古い椅子には、分厚い文庫本が一冊。栞代わりに挟まれているのは、押し花にしては少し不格好な、猫の抜け毛が一房。

その隣で丸くなっているのは、メインクーンのレオ。体は普通の猫の一・五倍はあろうかという大きさで、耳の先にはリンクスティップと呼ばれる飾り毛が、まるで小さな筆のように立っている。

飼い主の千秋は、毎晩この椅子で本を読むのが習慣だった。今日読んでいるのは、遠い国を旅する主人公の物語。ページをめくるたびに、紙の擦れる小さな音が部屋に響く。

その音に、レオの片耳がぴくりと動いた。

「気になるの?」

千秋が声をかけると、レオは薄目を開けて彼女を見上げた。そして、まるで返事をするかのように、大きな体をゆっくりと本の上に近づけていく。

「こら、それは私の本」

千秋は苦笑いしながら本を少し持ち上げた。だがレオは諦めない。前足をそっと伸ばし、ページの端に触れる。爪を立てるでもなく、ただ確かめるように。

メインクーンという猫は、犬のように人懐っこいと言われる。実際レオも、千秋が動けば必ずついてくるし、声をかければ低く優しい声で鳴いて応える。今夜も、本の世界に入り込んでしまった千秋の気を、もう一度自分に向けさせようとしているようだった。

「わかった、わかった」

千秋は本をいったん閉じ、レオの分厚い胸元に手を当てた。ふわふわとした長い被毛の奥から、規則正しい鼓動が伝わってくる。ごろごろという喉の音が、静かな部屋に満ちていった。

しばらくそうしていると、レオは満足したのか、今度は本の上ではなく、千秋の膝の上に乗ってきた。大きな体がすっぽりと収まるはずもないのに、器用に丸くなって場所を作る。

千秋は仕方なく、片手で本を持ったまま読書を再開した。頁をめくる音に合わせて、レオの尻尾がゆっくりと揺れる。まるでその物語のリズムに耳を澄ませているかのようだった。

物語の中の主人公が、見知らぬ町でふと立ち止まり、誰かの温もりを恋しく思う場面に差しかかったとき、千秋はふと視線を下ろした。膝の上でとろけるように眠るレオの寝顔。

――ああ、私にはもうここに、探さなくていい温もりがある。

そんなことを思いながら、千秋は静かにページをめくり続けた。雨の音と、猫の寝息と、紙のこすれる音。三つの音が重なり合う夜は、どんな物語よりも心地よく、いつまでも続いてほしいと思える時間だった。


ここまで読んでくれて、ありがとうございます

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